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僕は回る
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ふと気が付くと、僕はくるくる回っていた。
たくさんの星が流れていく。
青くて大きな地球は、大きな弧を描いていったり来たりしている。
僕はどうしたのだったっけ?
確か宇宙ステーションの船外活動をしている時に激しい衝撃があった・・・・
僕は腰についている命綱を見た。
二メートルほど先で切れている。
そんなにすごかったのか? でも、体のどこも痛むところがない。宇宙服も異常はなさそうだ。
通信スイッチを入れてみたけれど、繋がらない。宇宙服に備え付けのコンピューターはイカレテしまったようだ。
周りを見まわしてみても、青い地球のほかに見えるのは、小さな星々と輝く太陽、それに真っ黒な空間だけだ。
ステーションが僕を回収してくれる見込みはなさそうだった。
僕は宇宙服の腕に組み込まれた小さなタッチパネル式のサブコンピュータの電源を入れた。それは宇宙服を着た手で操作するのは至難の業で、本当に非常用でしかない。
苦労してタッチパネルを操作し、酸素の残量を出した。
残り三時間分。
あと三時間の命だ。
その装置でも通信を試みてみたけれど、電波が弱くて遠いところまでは繋がらない。
僕はどうなってしまうのだろう。
三時間後、僕は酸欠で死ぬ。そして僕の体は徐々に腐り始める。しかし、酸素がなくなったうえに、バッテリーの充電不足で宇宙服の温度も下がっていき、僕の体の細菌たちも死滅するだろう。
僕は半分腐乱したままの状態で宇宙を彷徨い続ける。
さらに時を重ねるうちに、宇宙服の気圧は徐々に下がっていき、やがて僕の腐乱しかけた死体は宇宙服一杯にパンパンに膨らんでしまうだろう。
そんな惨めな姿で発見されたくない。
それならいっそ、地球の重力に引っ張られて燃え尽きてしまいたい。
僕は手足をバタバタして、何とか体の向きを変えようとしたけど、くるくる回る自分の体を止めることさえできなかった。
やがて虚しく三時間が経った。
まだ僕の視界をたくさんの星が流れている。
ちっとも息苦しくない。もしかしたら、酸欠状態で頭がマヒしてしまったのかもしれない。
やがて五時間が経った。
青くて大きな地球はまだ僕のそばにいて、動き回っている。
おかしいな。何かおかしい。僕はまだ全然平気だ。
そういえば、お腹が減らないし、トイレに行きたくもない。
僕はいつ食事をして、いつトイレに行ったのだろう。何も覚えていない。
記憶を探ってみる。頭の中をずうっと調べてみる。
すると、思考の片隅に、小さなボタンがあった。
何だろう。
押してみる。
途端に、火山が噴火したように、ありとあらゆる記憶が僕の頭の中一杯に蘇ってきた。
遠い昔、僕は瀕死の状態で病院に担ぎ込まれた。頭にも大きなダメージを負い、脳は人口のものに取り換えられた。当時は人間から機械への脳の中身の移植はまだ拙かったから、僕の人間の時の記憶は断片的にしか残っていない。
その時に体のほかの部分も、使い物にならないところは機械に替わった。
そして時を経るごとに、ダメになった人間の体の部分を機械に替えていき、やがて僕の全てが機械になった。
人工頭脳も、今までに三回新型に取り換えられ、より人間的なものになった。
感情や思考の仕方。必要なこと以外(時には必要なことさえ)忘れるようになった。しかし、それは表の記憶であって、意識の裏では日々莫大なデータが蓄積されていた。裏のデータは忘れることなどないから、全ての事柄が記録されている。
僕はロボットだったんだ。道理で死なないわけだ。
僕は残りの酸素量を確認した。
三時間。
やっぱりね。
ならばそんなに急ぐことはない。
今はロボットだけど、元々は人間だ。きっと助けに来てくれるに違いない。助けに来る人たちだって、生身の人間と違って僕は簡単には死なないから、慌てて助けに来る必要はなく、何かのついでの時に僕を助けに来ればいい、くらいに考えているだろう。
僕が宇宙ステーションからはぐれて一年と百二十七日と六時間と、おおよそ三十五分が経ったとき、腕のサブコンピュータから通信の合図があった。
近くを通る予定の有人の人口衛星が、僕を拾えるかもしれないという連絡だった。
よく見ると、小さな何かが徐々に近づいてくる。
僕は今着ている宇宙服が船外活動用の簡単なもので、姿勢制御装置さえ付いていないと告げた。
有人衛星はくるくる回る僕のすぐ近くを、すごい勢いで追い越していった。
僕の宇宙服の背中には、太陽光の発電パネルがある。幸いそれは壊れていなかったようで、大きな動力を必要としなくなった僕に十分なエネルギーを供給してくれた。
前回の失敗から五年と四十二日と十六時間と七分と五十一秒経った時に、また腕の小さなコンピュータが通信を傍受した。
今度は無人の衛星だけど、一年かけて僕の軌道に衛星の軌道とスピードを合わせて、僕を救助するようにしてくれたようだった。
後ろから近づいてくる衛星。スピードを落としたといっても、僕が衛星を掴むチャンスはほんの一瞬しかない。
いよいよその時が来て、僕はタイミングを見計らって目いっぱい腕を伸ばした。
僕は人間に似せて作られた、というか、0.0何秒とか、0.0何ミリとかが正確にわかるようには作られていない。時間的なものや距離的なもの、もっと言えば温度とか、思考的なものとか、そういったもの全てが人間並みにファジーに作られている。
だからコンマ数秒、数ミリの単位で、衛星の部品を掴むことなんてことは、普通のロボットなら楽勝なのだろうけれど、僕にとっては難しいことだった。
予想通り僕は失敗した。
それでまだ、僕は宇宙空間をくるくると回り続けている。
一人ぼっちになってから十年が過ぎようとしている。
僕の手や足といった部分はどうでもいいけれど、頭と胸にあるコンピュータにも消耗部品はある。一番短い部品の定めれられた交換期限は十年だ。
僕の頭の中には、とっくに交換期限を過ぎてしまった部品が幾つもある。
多分、僕を救助しようとしてくれていた人たちもそれを知っているから、僕を救助することを諦めてしまったのだろう。
僕はそれでもいいと思った。
僕はもうロボットだから、自分で自分を傷つけるようなことはできない。気が狂うということもない。
だけど、毎日毎日十年間、同じ景色ばかり見続けるということはつらいことだと、最近になってやっと気付いた。
そういうことに気付けるということは、まさに人間らしく作られた僕だからこそなんだけれど、そんなことは今さら自慢にもならない。
だから僕のコンピュータにある消耗部品のどれかがいかれて、コンピュータが壊れてしまうことを期待した。
早くどこかの部品が壊れてしまわないかな。
僕が宇宙ステーションからはじき出されて、五十年とゼロヶ月とゼロ日とゼロ時間とおよそゼロ分が経った。
どういう訳か、僕はまだ壊れていない。
くるくると回りながら、地球の周りを回り続けている。
たくさんの星が流れていく。
青くて大きな地球は、大きな弧を描いていったり来たりしている。
僕はどうしたのだったっけ?
確か宇宙ステーションの船外活動をしている時に激しい衝撃があった・・・・
僕は腰についている命綱を見た。
二メートルほど先で切れている。
そんなにすごかったのか? でも、体のどこも痛むところがない。宇宙服も異常はなさそうだ。
通信スイッチを入れてみたけれど、繋がらない。宇宙服に備え付けのコンピューターはイカレテしまったようだ。
周りを見まわしてみても、青い地球のほかに見えるのは、小さな星々と輝く太陽、それに真っ黒な空間だけだ。
ステーションが僕を回収してくれる見込みはなさそうだった。
僕は宇宙服の腕に組み込まれた小さなタッチパネル式のサブコンピュータの電源を入れた。それは宇宙服を着た手で操作するのは至難の業で、本当に非常用でしかない。
苦労してタッチパネルを操作し、酸素の残量を出した。
残り三時間分。
あと三時間の命だ。
その装置でも通信を試みてみたけれど、電波が弱くて遠いところまでは繋がらない。
僕はどうなってしまうのだろう。
三時間後、僕は酸欠で死ぬ。そして僕の体は徐々に腐り始める。しかし、酸素がなくなったうえに、バッテリーの充電不足で宇宙服の温度も下がっていき、僕の体の細菌たちも死滅するだろう。
僕は半分腐乱したままの状態で宇宙を彷徨い続ける。
さらに時を重ねるうちに、宇宙服の気圧は徐々に下がっていき、やがて僕の腐乱しかけた死体は宇宙服一杯にパンパンに膨らんでしまうだろう。
そんな惨めな姿で発見されたくない。
それならいっそ、地球の重力に引っ張られて燃え尽きてしまいたい。
僕は手足をバタバタして、何とか体の向きを変えようとしたけど、くるくる回る自分の体を止めることさえできなかった。
やがて虚しく三時間が経った。
まだ僕の視界をたくさんの星が流れている。
ちっとも息苦しくない。もしかしたら、酸欠状態で頭がマヒしてしまったのかもしれない。
やがて五時間が経った。
青くて大きな地球はまだ僕のそばにいて、動き回っている。
おかしいな。何かおかしい。僕はまだ全然平気だ。
そういえば、お腹が減らないし、トイレに行きたくもない。
僕はいつ食事をして、いつトイレに行ったのだろう。何も覚えていない。
記憶を探ってみる。頭の中をずうっと調べてみる。
すると、思考の片隅に、小さなボタンがあった。
何だろう。
押してみる。
途端に、火山が噴火したように、ありとあらゆる記憶が僕の頭の中一杯に蘇ってきた。
遠い昔、僕は瀕死の状態で病院に担ぎ込まれた。頭にも大きなダメージを負い、脳は人口のものに取り換えられた。当時は人間から機械への脳の中身の移植はまだ拙かったから、僕の人間の時の記憶は断片的にしか残っていない。
その時に体のほかの部分も、使い物にならないところは機械に替わった。
そして時を経るごとに、ダメになった人間の体の部分を機械に替えていき、やがて僕の全てが機械になった。
人工頭脳も、今までに三回新型に取り換えられ、より人間的なものになった。
感情や思考の仕方。必要なこと以外(時には必要なことさえ)忘れるようになった。しかし、それは表の記憶であって、意識の裏では日々莫大なデータが蓄積されていた。裏のデータは忘れることなどないから、全ての事柄が記録されている。
僕はロボットだったんだ。道理で死なないわけだ。
僕は残りの酸素量を確認した。
三時間。
やっぱりね。
ならばそんなに急ぐことはない。
今はロボットだけど、元々は人間だ。きっと助けに来てくれるに違いない。助けに来る人たちだって、生身の人間と違って僕は簡単には死なないから、慌てて助けに来る必要はなく、何かのついでの時に僕を助けに来ればいい、くらいに考えているだろう。
僕が宇宙ステーションからはぐれて一年と百二十七日と六時間と、おおよそ三十五分が経ったとき、腕のサブコンピュータから通信の合図があった。
近くを通る予定の有人の人口衛星が、僕を拾えるかもしれないという連絡だった。
よく見ると、小さな何かが徐々に近づいてくる。
僕は今着ている宇宙服が船外活動用の簡単なもので、姿勢制御装置さえ付いていないと告げた。
有人衛星はくるくる回る僕のすぐ近くを、すごい勢いで追い越していった。
僕の宇宙服の背中には、太陽光の発電パネルがある。幸いそれは壊れていなかったようで、大きな動力を必要としなくなった僕に十分なエネルギーを供給してくれた。
前回の失敗から五年と四十二日と十六時間と七分と五十一秒経った時に、また腕の小さなコンピュータが通信を傍受した。
今度は無人の衛星だけど、一年かけて僕の軌道に衛星の軌道とスピードを合わせて、僕を救助するようにしてくれたようだった。
後ろから近づいてくる衛星。スピードを落としたといっても、僕が衛星を掴むチャンスはほんの一瞬しかない。
いよいよその時が来て、僕はタイミングを見計らって目いっぱい腕を伸ばした。
僕は人間に似せて作られた、というか、0.0何秒とか、0.0何ミリとかが正確にわかるようには作られていない。時間的なものや距離的なもの、もっと言えば温度とか、思考的なものとか、そういったもの全てが人間並みにファジーに作られている。
だからコンマ数秒、数ミリの単位で、衛星の部品を掴むことなんてことは、普通のロボットなら楽勝なのだろうけれど、僕にとっては難しいことだった。
予想通り僕は失敗した。
それでまだ、僕は宇宙空間をくるくると回り続けている。
一人ぼっちになってから十年が過ぎようとしている。
僕の手や足といった部分はどうでもいいけれど、頭と胸にあるコンピュータにも消耗部品はある。一番短い部品の定めれられた交換期限は十年だ。
僕の頭の中には、とっくに交換期限を過ぎてしまった部品が幾つもある。
多分、僕を救助しようとしてくれていた人たちもそれを知っているから、僕を救助することを諦めてしまったのだろう。
僕はそれでもいいと思った。
僕はもうロボットだから、自分で自分を傷つけるようなことはできない。気が狂うということもない。
だけど、毎日毎日十年間、同じ景色ばかり見続けるということはつらいことだと、最近になってやっと気付いた。
そういうことに気付けるということは、まさに人間らしく作られた僕だからこそなんだけれど、そんなことは今さら自慢にもならない。
だから僕のコンピュータにある消耗部品のどれかがいかれて、コンピュータが壊れてしまうことを期待した。
早くどこかの部品が壊れてしまわないかな。
僕が宇宙ステーションからはじき出されて、五十年とゼロヶ月とゼロ日とゼロ時間とおよそゼロ分が経った。
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くるくると回りながら、地球の周りを回り続けている。
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