お隣の犯罪

原口源太郎

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 二人の男が訪ねてきた。その日のお昼頃だった。
 男たちは刑事だと名乗り、身分証明書を見せた。
「今朝、このマンションのゴミを回収したゴミ収集車から、切断されたと思われる人間の手が発見されました。このマンションの住人の方たちからお話をお聞きしています」
 私はその言葉を聞いているうちに体の力が抜け、その場にへなへなと座り込んだ。
 やっぱり旦那さんは奥さんを、・・・殺した?
「奥さん、奥さん、どうしました? 大丈夫ですか?」
 座り込んだ私と目線を合わせるようにして一人の刑事が身を低くして話す。
「昨日、お隣で人の言い争う声や物音が聞こえました。もしかしたら旦那さんは奥さんを・・・・」
「お隣って?」
「岡山さんです」
 そう言いながら私は隣の部屋を指差した。
 刑事の一人が隣の部屋の前に行き、チャイムを鳴らした。
 何の反応もない。
「岡山さん、岡山さん!」
 刑事が外から声をかける。
 やや間があってドアが開いた。
 わずかに開かれたドアの隙間を覗きこむようにして刑事が身分証明書を掲げた。
 刑事は所属と名前を名乗った後、私に話したことと同じことを岡山の奥さんに話し始めた。
 私はほっと安堵するとともに、何て馬鹿なことを考えていたのだろうと自分が恥ずかしくなった。

「おい!」
 刑事が怒鳴った。
「来てくれ!」
 半開きのドアに手をかけた刑事が言う。ドアにはチェーンが掛けてある。
 二人の刑事が力任せにドアを引っ張った。
 チェーンが飛び、ドアが開く。
 刑事たちが部屋に飛びこんでいった。
 私は恐る恐る隣の部屋の前に行き、中を覗いた。
 奥の部屋からバタンバタンという音や女の悲鳴、「おとなしくしろ」という男の声が聞こえてくる。
 私は玄関先に転がったスリッパの先に血のような赤黒い色が付いているのに気が付いた。きっと刑事もこのスリッパに気が付いて只ならぬ事態だと判断したのだ。
 私はゆっくりと部屋の中に入った。入ってすぐの私の部屋に面した方に風呂がある。
 扉は開いていた。
 私はそこを覗きこんだ。
 風呂場の床は赤く染まっていた。
 人の足のようなものが見える。
 私はさらにその奥を覗きこむ。
 首から切断された男の顔がこちらを見ていた。
「キャー!!」
 私は気を失った。


 あれから一週間が経った。
 私は今、新たに暮らすための部屋を探している。一人で暮らすための部屋。
 血まみれの風呂場で私の方を向いていた首は私の夫だった。
 私の夫は岡山の奥さんと不倫の関係にあり、岡山の旦那さんを含んで離婚の協議が行われていたらしい。
 何も知らないのは私だけだった。そのことを知った時に、のほほんと暮らしてきた自分が情けなくなった。
 お隣で言い争いがあった日の夜も、出張に行くと言って出掛けたはずの夫は夕方このマンションに戻り、隣の部屋にいた。
 夫は私と別れて岡山の奥さんと一緒になると以前から岡山夫婦に話していた。しかし私とは何も話をしていなかったし、私と別れるつもりもなかったらしい。
 あの日の晩、夫は今までの発言を撤回し、私とは離婚しないし、岡山の奥さんとも一緒になる気はないと言った。その時、お隣の奥さんが言った『あの女とは別れると言ったじゃない! この嘘つき!』は、夫に向けられて発せられたものだった。そして『あの女』とは私のことだったのだ。
 その後激情にかられた奥さんは夫に跳びかかり、取っ組み合いになった。包丁を見せて仲裁に入ろうとした山岡の旦那さんが誤って夫を刺してしまった。
 それらのことは刑事から聞かされた。
 あの正直者の夫が不倫をしていたなんて今でも信じられなかった。もちろん裏切られたという思いがある。だけど結局、夫は煌びやかで美しい岡山の奥さんではなく、私を選んでくれたのだ。それだけが救いのような気がした。
 その夫はもういない。



                              終わり
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