お隣の犯罪

原口源太郎

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 隣の部屋から何やら言い争うような声が聞こえた。
 しっかり防音されたマンションだったから、よっぽど大きな声を出しているのだろう。
 私は少し怖くなったけれど、それよりも好奇心が勝ったのでそっとベランダに出て、聞き耳を立てた。
「あの女とは別れると言ったじゃない! この嘘つき!」
 ヒステリックに叫ぶのは隣の奥さんだろう。
 それに対して低い声がぼそぼそと応えている。お隣の部屋は窓を閉めているので、何を言っているのかまではわからない。
 また奥さんが甲高い声を出すのが聞こえ、私は怖くなって部屋に戻ると窓を閉めた。
 やがてお隣から何かドスンドスンと転げまわるような音が響いてきて、すぐに静かになった。
 私は部屋で耳を澄ませてみたが、それ以上は何も聞こえてこなかった。
 恐る恐るベランダに近づき、窓を開けてもう一度聞き耳を立てた。
 お隣からは何の声も、物音も聞こえず、街の様々な音がざわざわと押し寄せてくるばかりだった。

 お隣で一体何があったのだろう。
『あの女とは別れると言ったじゃない、この嘘つき』
 お隣の奥さんのそんな言葉だけを聞き取ることができた。夫婦喧嘩をしていたのは間違いない。旦那さんが浮気をしていて、それを奥さんが責めていたのだろう。
 お隣の岡山さん夫婦はこのマンションの住人の中で接点のある数少ない人たちだ。他にお付き合いのあるのは岡山さんとは反対側のお隣に住む村上さんと、五階の山田さんくらいなものだ。山田さんの奥さんとは趣味の生け花教室で一緒だ。
 それにしても。
 夫婦喧嘩をしていて、ドスンバタンの後、急に静かになった。
 一体どうしたのだろう。
 まさか、どちらかがどちらかにひどいことをした?
 私は急に怖くなった。こんな時に頼りにすべき夫は出張中だ。
 私は気を紛らわせるために、待機中となり画面が暗くなっていたパソコンの電源をもう一度入れ直した。
 お気に入りのユーチューバーの動画を見たけれど、意識はどうしても画面の外に向いてしまう。
 岡山さんの奥さんはとても綺麗な人だ。スタイルも良くて、女の私が見ても色っぽい。性格だって少々勝気な所があるかもしれないけれど、私達夫婦を含めて周りの人達には優しくて面倒見もいい。
 旦那さんの方は見た目的にはいい男とは言い難いかもしれないけれど、まあ人並みと言えそうなレベルではある。人並み以上なのは性格で、気立てが優しく、細かなところにまで気が付く腰の低い人だ。
 お似合いの夫婦とは言えないかもしれないけれど、二人の夫婦関係は良いように見えた。だからあの人たちが大声を出して罵り合うなんて想像できなかった。
 でも、それは私達夫婦も同じかもしれない。
 私の夫はイケメンで性格もよく、高学歴、高収入という申し分のない人だ。曲がったことが嫌いというか、馬鹿が付きそうなほど正直者で、そんな人が何で私なんかを好きになってくれたのか不思議だった。
 そう。
 岡山さん夫婦は旦那さんが普通で奥さんがとびきりの美人。我が家はその逆。何の取り柄もないのが私。しいて言えば友達から天然と言われるのほほんとしたところがいいのかも。なんて自分で思ったりしている。夫が私を好きになった理由はそれくらいしか思いつかない。
 あれこれ考えていてもしょうがないし、眠くなってきたので私は寝室に行き、夫のいないベッドに潜り込んだ。

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