スーパースター

原口源太郎

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 吉田が鉛筆で描いたこの前の続きの原稿を見せてくれた。コマ割りはきちんと描いてあるけれど、それ以外の絵は線が薄く何本も重ねられた大雑把なものだ。
 俺はざっと目を通した。そんなに枚数はないからすぐに読み終えた。
「元に戻したのか?」
「やっぱり、この前お前に言われた通りだと思ってね」
 主人公の鈴木のライバルの大山は、鈴木が猛練習をしていると聞き、自分も死に物狂いで練習をするつもりだというセリフだけにしてあるし、鈴木の練習パートナーも苦しいリハビリをして、なんてシーンもない。ただ、思わせぶりな美人が鈴木を遠くから見ているカットが幾つかある。
「この女の人は恋人?」
「いや、密かに鈴木に想いを寄せているだけ」
「この人と主人公のこれからの展開は?」
「特になし。ずっと遠くから見ているだけのつもりだよ」
「それじゃなあ。最後にはオリンピックで鈴木と大山が競い合って鈴木が勝つんだろ? その時にこの女が飛び出してきて鈴木に抱きついてキスをするとか、あるいは鈴木の元に歩み寄ってずっと好きでしたと告白して、鈴木も好きだったと告げるとか」
「天才だね。僕と組んで漫画家になる?」
「アホ抜かせ。今言ったアイデアなんて、誰でも考え付きそうなことだろ? 俺がろくに考えもせずに思い付いたくらいなんだから。そこをもう一捻りすればいいかも」
「どんな風に?」
「それくらい自分で考えろ。漫画家になるつもりなんだろ?」
「わかった。考えてみるよ。それで、飯でも食いに行く? 軽く一杯飲みながら」
「うーん」
 俺は急いで今月の生活費の残りと、これからの出費を計算してみる。
「たまにはおごるよ。いつもアドバイスしてもらっているからね」
「なら行く」
 俺は即答した。

 ほろ酔い気分で部屋に帰ると、俺は軽くシャワーを浴びてから布団に入った。
 日向子のことを考えているうちに、なぜか高校の時のことが頭に浮かんできた。
 高校生の時に好きになったのは陸上部のマネージャーをやっていた一学年下の子だった。日向子みたいに明るくて、よく気が付く子だった。日向子よりおしとやかで、つつましかったかな。毎日の部活でその子に会うのが楽しみだった。
 ある日、俺は神谷の態度に気が付いて愕然とした。マネージャーの姿をちらちらと目で追い、慌てて視線を戻す。少しするとまたマネージャーを見る。
 神谷もマネージャーのことを好きに違いない。そう気が付いた時、俺は体中に震えが走った。
 木偶の坊みたいにヒョロヒョロとしていて、お世辞にも二枚目とは言えない顔。俺は自分で言うのも何だが、それなりにまずまずの風貌だと思う。マネージャーが俺か神谷のどちらかを選ぶとしたら、俺だろう。でも、やっぱり神谷を選ぶのかな、なんてバカなことを高校生の頃は考えていた。
 結局、俺も神谷もその子に想いを打ち明けるとか、そんな大それたことはできなかった。

 高校生の時から神谷に対してコンプレックスを抱えていた。
 そしてそんな自分に対する自己嫌悪。
 神谷と同じ陸上部で切磋琢磨する仲として、親友のつもりだった。だからこそ、神谷が県大会、さらにその上の大会、そして全国大会と駒を進め、全校生徒の前で紹介されるたびに俺はそんな神谷が羨ましくて、妬ましかったのだろう。
 大学に入り、地元を離れて神谷と会わなくなると、コンプレックスを忘れた。部活で神谷と一緒に練習したことを思い出して単純に懐かしく思ったりした。
 一度神谷が大学を中退して地元の企業に入ったと聞いた時だけ、将来地元で顔を合わせて生きていくのかと考えて、昔感じたコンプレックスの感覚が蘇ってきた。
 だけど神谷が陸上の大会で勝ったり、日本記録を出したりしても、コンプレックスは感じなかった。
 俺は神谷がオリンピックに出て活躍することを願っている。神谷は昔も今も地元では英雄だ。地元に帰って昔と同じように神谷と友人でいようとすれば、俺はコンプレックスの塊になってしまうかもしれない。いっそのこと日本の、いや、世界の英雄になってしまえば。
 俺は純粋に神谷の活躍を願っているのだろうか。俺の親友がオリンピックに出て活躍したと、周りのヤツらに言いふらしたいだけかもしれない。
 いや、違う。
 木偶の棒のような風貌。二メートル近い巨体でどんな走りをするのだろうかと好奇の目で見る観客たち。それを打ち破る神谷の走り。
 世界中をあっと言わせて、本物のスーパースターとなってしまえ。

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