スーパースター

原口源太郎

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 ビリヤード場のカウンターにはバイトの男が一人いるだけだった。七台ある台のうち、六つが空いている。
 俺たちは一番隅にある台を借りた。
 台の上に菱形になるように玉を九つ並べると、中沢がブレイクした。カシャーンといい音がして、まとめられていた玉が台上に散らばった。ゴトン、ゴトンと幾つかの玉が穴に落ちる。
 俺たちがやるのは大抵ナインボールだ。九つの玉を1から順番にポケットに落としていくやつだ。
 ビリヤードが好きで、ビリヤード場でアルバイトをしたこともある中沢はやっぱり上手い。押し玉、引き玉を上手くコントロールするし、手玉をカーブさせたり、二つ三つと球に当てて9番の玉をポケットに落としたりもする。俺が見ていると中沢はプロみたいな腕を持っていると思えるけど、中沢に言わせるとプロなんてこんなもんじゃないとのことだ。
 勝負をしていても、初心者に毛が生えた程度の俺は、一ゲームで二、三度しか突かせてもらえず、一度も俺の番が回ってこずにゲームが終わってしまうこともたびたびある。
 中沢ばかりがポケットにボールを落とし、俺はあまり面白くなかった。中沢だって、俺とゲームをしてて面白いのかなと思う。でも、一人でやるよりはいいのか。中沢と同じくらい上手い原がいたら、俺は自分の番が回ってこずにボケっと突っ立っているだけだ。

 俺は大学に入っても陸上を続けるつもりはなかったが、何か体を動かすことはやりたいと思っていた。球技は難しそうだしと考えている時に、たまたまゴルフ部の勧誘の上級生の話を聞いて、ちょっとやってみようかという気になった。そこで知り合ったのが中沢と原だった。
 俺たち三人だけが初心者で、他の部員たちは皆経験者だった。だから必然的に三人で練習することが多くなり、ゴルフ以外でもよく三人で遊びに行った。ところが半年もしないうちに中沢と原はビリヤードに夢中になり、部活に来なくなった。
 俺はビリヤードよりもゴルフのほうがおもしろかったので、まめに練習には行っていたが、やっぱりジュニアの頃からゴルフをしていた奴らとの技術の差はとてつもなく大きくて、一年後にその頃には幽霊部員と化していた中沢や原と共にゴルフ部を辞めた。それ以来、特に運動はしていない。時々体を動かしたくなったり、走りたくなると近くの公園や川沿いの堤防に行って走った。
「お前、江上と付き合ってるの?」
 出し抜けに中沢が言った。
「何言ってんだよ。付き合ってない」
「そうか。江上って美人だろ。親しくなりたいって思ってる奴は結構いるんじゃね? 早いとこはっきりさせたほうがいいと思ってね」
 中沢が台に覆い被さるようにして構えながら言った。
 日向子のはにかんだような笑顔が頭に浮かんだ。確かに中沢の言う通りだ。
「別にそんな間柄でもないし」
 俺はなぜか焦って言った。体が火照ってきた。
「そうか? それなら何も言わねえけど」
 カン。
 コン。
 ゴトン。
 中沢は次々と球を落としていく。
「好きなのかな」
 ふっと俺の口からそんな言葉が出た。
「そんなこと、俺に訊くなよ」
 そう言って中沢は黄色と白のナインボールを穴に落とした。結局そのゲームも、俺は一度も球を突けなかった。


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