スーパースター

原口源太郎

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 吉田はこの前に見せてくれた漫画の続きを描いていた。
 まだ鉛筆でラフに下書きを描いただけの原稿だ。
 普通なら全部下書きを描いておいてからペンで仕上げていくのだろうけれど、吉田は自分なりのこだわりがあるようで、初めの数ページをある程度描き上げてから、次に終わりまでの下書きを描く。なぜそんな描き方をするのかというと、最初の数ページが良くないと、その後どんなうまく描けたとしても良い作品にはならないから、後を描くだけ無駄というのが理由だ。
「ちょっと読んでみて」
 そう言って吉田は描き上げた数ページ分の原稿を俺に渡した。
 絵もセリフも雑な手描きで、読むにしても骨が折れそうだ。
 作品の中のマラソンランナーの鈴木は、オリンピック出場を目指して過酷な練習に明け暮れる。二日に一度、長距離を走る体力をつけるために百キロ走を行う。歯を食いしばって走る鈴木に付き添って自転車をこぐのは、足の怪我でマラソン競技を諦めた昔のライバルだ。さらに百キロを走らない日には、百メートルダッシュを組み入れたインターバル走を行う。百メートルを全力で走り、ゆっくりと走ってスタート地点に戻り、休むことなくまた百メートルを全力で走る。百メートルを十本走ってようやく休憩を取り、再び百メートルを全力で走る・・・・
「これさあ、死ぬよ。死なないとしても、一瞬で故障して競技人生終わっちまう」
 途中まで下書きで描いたものを読んで、俺は即座に言った。
「これくらい大げさに描かないと、読者は共感してくれないと思う」
「いや、大げさなんて言うレベルじゃない。非現実的だよ」
「陸上をやっていた人ならそう思うかもしれないけれど、普通の読者が求めているのはリアリティじゃなくて、感動だから」
「わかった。じゃ、このままで」
「いや、そう言うのなら、百キロ走はやめて五十キロ走にする。百メートルダッシュのほうは五本を五セット」
「それでも非現実的な範疇だけど。ま、普通の人ならそれくらいはできそうだと思うかもしれない」
「お前が陸上をやっていてよかったよ」
「俺がそれくらいならできると言ったなんて、絶対に他人には言うなよ」
「言わないよ。陸上競技って意外と地味だし、この漫画が上手く作品として成り立つかどうかもまだ怪しいし」
 俺は描きかけの原稿を吉田に返した。吉田は漫画で人を感動させることができると本当に思っているようだけど、俺にはとても疑問に思える。大学受験で挫折して、漫画を描くことにも挫折したら、その先吉田はどうなってしまうのだろう。だけど吉田だけじゃない。俺だって、この先どうなっていくのかわからない。それなりに、なるようになっていくだけだ。その点、俺よりもやりたいことがはっきりしている吉田のほうが立派なのかなと、ふと思った。
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