スーパースター

原口源太郎

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「正月に描いた漫画、見せてやるよ」
 そう言うと、吉田は俺の返事も聞かずに窓際の大きな机のところに行き、何枚もの漫画原稿用紙を持ってきた。
「まだ仕上げまで行ってないけど」
 そう言って渡された用紙を、俺は受け取った。
 正直、俺はそれほど漫画に興味があるわけじゃないし、吉田の漫画が面白いのかどうかもよくわからない。絵は上手いと思う。凄くリアルだ。だけど、リアル過ぎて面白みがない。人の表情なんか、もっと大げさにデフォルメして描けばいいのに。吉田から漫画を見せられるようになったころ、率直な感想としてそう言ったら、お前は絵のことをわかっていないと言われた。確かにわからないから、絵についてどうのこうのと言うのはやめた。だから今の俺が言うのは漫画のストーリーについての感想だ。

 話の始まりは、二人の男が走っている場面からだった。マラソンの大会で鈴木と大山という二人のライバルが先頭集団から抜け出して走っている。先頭を走るのは鈴木で、大山はずっと影のように鈴木の後ろを走っている。
 鈴木は大山を引き離そうと、ペースを変えてみたり、給水場所でダッシュしてみたりするが、大山は惑わされることなくピタリと付いて走る。
 そのまま二人はゴールのある陸上競技場に入ってくる。そこで鈴木は渾身の力を振り絞ってスパートをかける。そんな鈴木に、大山も必死に食らい付いていく。
 残り百メートルで大山がさらにギアを入れ、鈴木を抜く。四十二キロと百メートル余り走って、初めて大山はトップに立つ。
 鈴木は大山に追い付こうと必死の形相で走るが、もう余力はなかった。
 大山は喜びを爆発させてゴールテープを切る。

 物語はそこまでだった。
「この先は?」
 俺は原稿を吉田に返しながら尋ねた。
「この先は、主人公が滅茶苦茶ハードなトレーニングを積んで自己ベストを更新して、東京オリンピックの代表に選ばれて、再び日本人一位の座をかけてライバルと死闘を繰り広げるという展開」
「ふーん」
「ふーんて、いいだろ? 丁度今年は東京オリンピックが開催されるし」
「まだ開催がはっきりと決まったわけじゃない」
「やらないとしても、話題性は十分にあると思うんだ」
「それって、俺が神谷のことを話したから思い付いたんだろ?」
「そうだよ。だけど百メートル走じゃ、一瞬で勝負がついちゃうからね。マラソンが一番いいと思ったんだ。日本人はマラソンが好きだし」
「もっと他のライバルとか、可愛い女の子とかも出てくるんだろ?」
「いや。大体この二人の話がメイン。少年ジャンボの新人賞に応募するつもりだから、原稿枚数に制限があるし、ライバルに友情、努力といった要素を盛り込むと、あまり登場人物は多くできないからね」
「ふーん。今度はいいものができるといいね」
 俺は他人行儀な言い方をした。本当は二人が必死で走っている場面は、もっとあり得ないほど顔を歪めたり、汗をいっぱいかいたりするように描けば迫力が出ると言いたかったけれど、やめておいた。
 お腹がぐうと鳴いた。そういえば昼飯を食べていなかった。
「早いけど、夕飯でも食いに行く?」
 俺のお腹の音を聞きつけた吉田が言った。
「うん」
 俺はこたつから出ると、財布を取りに自分の部屋に行った。
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