人斬人(ヒトキリビト)

原口源太郎

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 堤防の上に立つと男の姿が見えた。拳銃を構えている。勇治の方にではない。
 勇治は堤防の上を走り、男の元へ駆け下りながら飛んだ。
 男が振り向く。
 その頭上へ刀を振り下ろした。そのまま男にぶつかり倒れる。
 血液か脳みそかわからないが、どろりとしたものが勇治に降りかかった。
 すぐに立ち上がり、男が銃を向けていた方向に走る。
 由紀! 由紀!
 心の中で必死に叫ぶ。
 突然、勇治は胴を押さえられた。
 草むらに潜んでいた男がタックルをするように勇治に飛びついたのである。
 脇腹に強烈な痛みがあった。
 勇治の腹を刺したナイフが引き抜かれた。次は心臓である。
 勇治は握り締めた刀の柄を男の眉間に振り下ろした。
 ボコッという鈍い手応えがあった。
 勇治の胴を掴む腕の力が弱まる。
 もう一度男の頭上に振り下した。
 男の手を振り払い走る。
 由紀は草の中に倒れていた。
「由紀!」
 由紀を抱き上げる。目を見開いたままで、身動き一つしない。胸が真っ赤に染まっている。
「由紀」
 勇治は由紀の頬に自分の頬をすり合わせた。熱い涙が込み上げてくる。
「おーい、こっちや。女殺ったん俺や」
 遠くで男が叫ぶ。
 勇治は由紀の瞼を閉じ、そっと地面に横たえた。
 頭の中で風船が膨らんでいく。無の風船。それとも怒りの風船。理性も思考も冷静さもすべて押し潰されていく。
 立ち上がると走った。遮二無二声のした方へと走る。
「早く来い! 俺を殺しに来いや!」
 月明かりの中、車のボンネットの上に男が立っている。
 勇治は草に足を取られて転んだ。頭の中が真っ白になった。だが、立ち上がろうとした時、急に冷静さが戻ってきた。手が脇腹に触れ、刺されたところがじゅくじゅくと出血しているのに気が付いた。
 勇治は再び走り出す。今度はゆっくりと。
 近づきながら男を観察する。
 間合いを計っているな。
 両手で拳銃を構え、いつでも撃てる体勢に入っている。
 男に意識を集中しながら勇治は考える。
 太田がいるはずだ。だが近くに気配がない。どこに隠れている?
 車の上の男が一瞬わずかに体を硬直させるのを勇治は見逃さなかった。
 その瞬間に跳ぶ。
 パン!
 全力で走る。車を回り込むようにして斜めに走る。
「てめー!」
 パン!
 パン!
 銃声が勇治の後を追う。だが弾丸は追い付けない。
 車の後ろへと走る。
 パン!
 パン!
 一発目をかわされた男は冷静さを失っていた。
 カチン。
 カチン、カチン。
 虚しく撃鉄を叩く音。
 勇治は車のボンネットに飛び乗った。
 男が懐に手を入れる。
 そこで動きが止まった。
 勇治はゆっくりと刀を振りかぶる。
 男は恐怖に顔をひきつらせたまま凍り付いた。
 刀を一気に振り下す。
 ズシャッ!
「グウッ」
 肩から袈裟懸けに斬られた男が悲鳴を上げる。
 その時、太腿に激しい痛みを感じ、勇治は車から転げ落ちた。
 夜空に血を吹き上げる男も反対側に倒れ落ちる。
 勇治は身を潜めて辺りを窺う。足を押さえる手に生暖かい感触が広がる。
 堤防の上に黒い人影があった。
 立ち上がると勇治は走った。足を引きずりながら走る。
 堤防に上りかけたところで足を止めた。
 太田が片手で拳銃を構えている。
「たいした男だな」
 拳銃を構えたまま太田が話しかける。
 勇治も刀を構え、じっと太田の出方を窺う。
「そんだけの資質があると知ってりゃ、舎弟に取り上げてやったんだがな」
「誰がヤクザなんかに」
 勇治は吐き捨てるように言った。
「だろうな。育ちが良すぎるんだよ、おまえは」
 勇治が動く。
 プシュン。
 左手を撃たれ、勇治は思わず動きを止めた。
「この手を見ろ」
 太田が拳銃を持っていないほうの手を差し出す。クイッと捻り、ブンと振ると手が抜け落ちた。ガシャンとコンクリートに当たって硬い音を立てる。
「義手ってやつよ。おめえに手をちょん斬られたおかげで人生の楽しみの半分が無くなっちまった。この代償は高くつくぜ」
 太田が引き金を引く。
 勇治は身を屈めると太田へと襲いかかった。体の痛みは感じなかった。体のどこかに弾丸が打ち込まれる感じだけが残った。それでも突き進む。
 刀を振り上げることができなかった。刃を横にして太田の首に押し付けるようにして体ごとぶつかる。
「ぬっ!」
 そのまま縺れるように堤防から下の砂地へと落ちた。落ちながら勇治は右手で刀の柄を持ち、左肩を刀の峰に乗せるようにする。
 地に付くとき、太田の上で刀に全体重を乗せる。
 グキ!
 刀が砂にめり込む。
 胴から離れた太田の頭がゴロンと転がった。

 勇治はゆっくりと立ち上がり、刀を杖のようにして体を支えた。全身に痛みがある。どこが痛いのか、はっきりとわからない。痛みが激しすぎるのか、全身が痺れるような感覚しか捉えることができない。
 歩くことが困難な作業になった。刀を着き、足を引きずりながら由紀の待つ場所へと向かった。
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