人斬人(ヒトキリビト)

原口源太郎

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 海沿いの道を進んだ。沿道には昔ながらの家並みが続いている。
 車はぶつけたせいであちこち壊れていて目立つが、一般の人々にはまだ事件のことは知られていないであろう。
 勇治は検問を突破したあと、幹線道を外れると百八十度方向を変えて再び市内に入った。街に行くつもりはなかった。そのまま海沿いの田舎道を走り、北上するつもりであった。しかしこの車では危ない。目立ちすぎる。車を替える必要があった。
 人家は疎らになり、道は生い茂る木々の中を緩やかなカーブを繰り返しながら続いている。
 海に面した松林の中に入る舗装されていない道へと車を乗り入れ、行けるところまで進んだ。
 ちょっとした崖の先に海が見えた。茂みに隠すように車を停める。
 勇治と由紀は車を降り、歩いた。
 途中で振り返ると、松林とその合間に生える痩せこけた草が車の存在を消してくれた。
「荷物を持って、道の近くで待っててくれ」
 由紀は小さく頷いて歩いていった。
 勇治は昔パチンコ屋の景品交換所から奪った札束をポケットに入れ、舗装された道に向かった。近くにひなびたドライブインがあった。
 店の前の電話ボックスに入ると、ポケットからメモを取り出し、そこに書かれた川口の電話の番号を押した。
 川口はすぐに出た。
「勇治さん? どうしたんだ? 凄い騒ぎになってるぜ」
「いざこざがあって今、逃げてる」
「あいつらがまた来たんか」
「いや、ヤクザだ。二人アパートに来た」
「それでそいつらとやりあったわけだ」
「ああ。斬った」
「それで他のヤクザに追われてるのか?」
「いや、警察だ。検問を張られてる。車を知られてるから別のに乗り換えたい」
「わかった、すぐに行く。場所を教えてくれ」
 勇治は大体の場所を言い、目の前にある古ぼけた看板を見て店の名を伝えた。
「20分くらいかな」
「済まん」
「気にすんな」
「車はキイを付けたまま置いて、すぐに立ち去ってくれ。仲間と思わせたくない」
「俺なら構わんよ」
「それから店の前の電話ボックスに金を新聞紙に包んで置いておく。持ってってくれ」
「よしてくれ。金なんか要らねえ、と言えば嘘になるけど、金が必要なのは勇治さん、あんたの方だろ? もう会うことはねえし、話をするのも最後になるかもしれねえ。これですっきりと別れようぜ」
 勇治はまたしても川口に甘えることにした。今は川口を頼るしかない。

 川口たちは二台の車で来た。勇治は道を挟んだ松林の中で見ていた。
 一台は先ほど乗せてもらった上田の車である。もう一台は川口が運転してきた。同じように国産の高級車であるが、上田の車のように手を加えていない。ほとんどノーマルのままで綺麗にしてある。
 川口は車から降りると辺りを見渡してから上田の車に乗り込んだ。
 車が走り去ると、勇治は道を横切り、ゆっくりと川口の車に近づいた。
 運転席に座ると、キイが挿したままになっていた。
 由紀を車に乗せ、再び北に向かう。拳銃はカバンから出して手元に置いた。刀もすぐに抜けるようにして近くに置く。勇治を追っているのは警察だけではない。ヤクザたちは二度も刺客を送り込んで失敗した。このままではメンツが立たない。今度こそ死に物狂いになって勇治を捕らえに、いや、殺しにくるであろう。
「由紀」
 勇治は前を見たまま助手席の由紀に声をかけた。
 由紀は黙って勇治を見る。
「さっきのドライブインの前の一番大きな松の根元に金を埋めておいた。大した額じゃないが、俺が捕まったらその金を掘り出して新しい生活の足しにしてくれ。もしそうなったら俺のことは忘れて幸せになってくれ」
 由紀は何も答えずに、黙って首を横に振った。
 帰ってくるまでいつまでも待っていると伝えたかったのであろう。しかし勇治はわかっている。警察に捕まれば死ぬまで外に出ることはない。ヤクザに捕まったとしてもたいして変わりはしない。死が待っているだけである。由紀は知らないのか、それとも知っていて知らない振りをしているのか。
 そのまま無言で勇治は車を走らせた。
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