人斬人(ヒトキリビト)

原口源太郎

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「由紀はどこだ」
「女か? 悪いようにはしない」
「俺があんたを斬ってもか?」
「バカなことを言う。だがこれは一対一の勝負だ。万が一、俺が斬られたとしてもこの者たちには手を出させん。女も返す。それは約束する」
「ならば斬る」
 勇治は間合いを詰める。じりじりと詰めていく。ゆっくりと時が流れる。
「チェ――ぃ!」
 森下が動いた。
 キン!
 上からの打ち込みを咄嗟に刀で払う。
 すぐに二太刀目が斜め横から振り下ろされる。
 勇治は瞬時に身をかわしながら刀を出して受ける。
 キン!
 何かが勇治の頬を掠めた。
 本能的に後ろへと飛び退く。
 森下はそこから動かない。切先を下げ、口元に歪んだ笑いを浮かべる。
 勇治の刀は三分の一ほどの刃を残して先がなくなっていた。
「はっはっはー。安物だな。受け方も悪い。まともに力で受けようとするとすぐに折れるぞ」
 勇治は折れた刀で構えた。
「今さらそんなことを言っても無駄か。サキ、正秀を持ってこい!」
 森下が叫んだ。
「え?」
 社殿の前に立つ女が動揺する。
「急げ!」
 後ろを見ずに森下が言う。
「はい」
 女は社殿の後ろに走った。
 すぐに姿を現し、綺麗な拵の刀を森下に渡す。
 森下はそれを無造作に勇治の方へ放り投げた。
「抜け」
 勇治は鞘を止める太い紐をほどき、刀を抜いた。刃は妖艶なまでの輝きを放っている。
「行くぞ行くぞ」
 森下が間合いを詰める。
 勇治は構えた。
 森下が来る。
 シュン!
 剣が空を斬る。
 勇治はぎりぎりでかわした。それが精一杯であった。
 森下は次々と打ち込んでくる。
 キン! キン! キン!
 勇治は振り払うように受ける。
 鋭い音が森の中に響く。
 勇治は徐々に下がった。反撃する余裕はない。受けるので精一杯である。
 森下は楽しんでいる。顔にその心の動きが現れている。勇治はそれが癪に障った。鼻を明かしてやりたいが、それどころではない。受け損なえば死が待っている。
 不意に勇治は前に出て、振り下ろされた刀をがっちりと受け止めた。刀を合わせたままぐいぐい通していく。
 森下は二、三歩さがったが、体に力を入れ、ぐっと踏ん張った。
 二人はその場で刀を押し合う。すでに幾つも刃こぼれした刃がぎりぎりと鳴く。
 勇治は押す力を左にやった。
 刀が離れると同時に二人も刀を振りながら後ろに飛び退く。
 服の腹のところが切られていた。森下も同じように切れている。
 勝ち目はないな。
 勇治は思う。剣の腕、日本刀の使い方、気力、体力の充実、全てにおいて相手が上である。こうなったら逃げるか、負けを認めて謝るか、奇策で戦うかである。
 逃げ出す余裕はない。周りを囲んでいる人間は全て敵である。謝ることはプライドが許さない。謝って素直に解放してくれる相手でもない。

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