上 下
11 / 32

11

しおりを挟む
 数日後に勇治はもう一度、寂れた路地の古本屋を訪れた。
 日は落ち、空に無数の星が散りばめられている。
 明るい通りから薄暗い路地に入り古本屋の前まで行くと、店のドアは固く閉じられていた。
 電話を入れてあったので、軽くドアを叩くと、程なく店主が顔を出した。
 薄暗い店の中、無言で金を差し出す。
 店主はぱらぱらと札を数え、奥に消えた。
 刀を持って現れると、やはり無言で勇治に渡す。
 勇治は鞘から抜いて中身を確認すると、持参した布で包み、店を後にした。二人の間にひと言の言葉もなかった。
 勇治は人目を避けるようにして早足に歩いた。夜の暗がりが長い包みを持つこの不審人物を目立たなくしてくれる。
 程なくして背後に怪しい気配を感じた。
 つけられている。
 勇治は咄嗟に考えた。撒くべきか、捕まえて事情を聞き出すか。
 後者を選び、人気のない脇道にすっと体を滑り込ませた。刀を持っている。穏便にやらなければならない。
 物音を立てずに走り、物陰に身を隠した。刀を置いて気配を消す。
 男が小走りに前を過ぎようとした。勇治は跳び出してその胸ぐらを掴もうとした。
 男は素早く身をかわした。
 勇治は反射的に身構える。男の動きは只者ではない。
 男もすぐに動き出せるように低く構えていた。
「なぜ俺をつける」
 勇治は男の動きに注意しながら尋ねた。
 男は無言で勇治を見たまま、じりじりと動いていく。
「答えろ」
 もう一度勇治が言葉を発した時、男が大きく動いた。
 勇治が後ろへ身を反らそうとした時、男は踵を返して走り出していた。追うのは無駄であった。
 勇治は緊張していた。掌が汗で湿っている。
 先ほどの物陰に身を忍ばせると、刀を拾い上げ、包みを開いた。鞘を留めてある紐をほどき、いつでも抜けるようにしてもう一度簡単に包む。
 さらに警戒を強め、家路を急いだ。再びつけられていないか、露骨に注意を払った。
 歩きながら考える。つけていた男の身のこなしは普通の人間のものではない。特殊な訓練でも受けていたようである。しかし尾行は素人であった。ヤクザやチンピラとは違う人種に思えた。警察の人間でもない。ヤクザと警察以外に自分のことを捜す人物がいるのであろうか。
 この地も、近い将来離れなければならなくなる。そんな予感があった。

 勇治に刀の観賞眼はない。良し悪しもわからない。ただ、部屋の中で手にしている刀は、ずしりとした手応えがあった。波紋が緩やかにうねり、白く輝く刃は確かな切れ味を保証しているかのようである。軽く振ってみると以前の刀とそう違わない。
 折れた以前の刀は時代物の煌びやかなものであった。鞘も綺麗に塗られ、派手な輝きがあった。
 組幹部を斬って事務所を飛び出した時、鞘は持って来なかった。だから自分で鞘を作った。二枚の板を刃の形に合わせて削り、張り合わせた、柄の糸も巻き替えた。刃も研いだ。素人が研いだため、輝きは鈍り、切れ味も悪くなったかもしれないが、再び人を斬ることはないと思っていたので気にしなかった。その後、柄の糸は何度も巻き替えたが、他には特別手入れをしなかった。そのために刃が弱っていたのかもしれない。自分の腕の未熟があるが、手入れの悪さも刀を折ってしまった原因の一部であろう。
 刀は元々硬くなければならないが、硬いばかりだと折れやすくなってしまう。だから刀の芯には柔らかい鉄を入れてあると聞いたことがある。そう簡単に刀は折れないはずなのである。
 勇治は刀を鞘に納め、拳銃を机の上に置いた。刀は護身用に手に入れた。しかし拳銃も必要になる時があるであろう。いざというときに錆付いて使い物にならないようでは困る。
 拳銃から弾の入ったマガジンを抜く。何年もの間そのままであったから、火薬が湿ってしまうなんてことはないのであろうか。拳銃に関する知識も全くといっていいほど持ち合わせていないからわからない。
 弾を抜いたまま、可動部分を動かす。
 動きの悪い所はない。
 マガジンを戻し、壁に標的を定め、撃つ真似をしてみる。
 やはり剣の方がいい。
 拳銃をどこに置こうかと迷う。小さい分だけ、身近な所に隠しておける。いざというときにすぐに取り出せる所がいい。
 机の下に小さな引き出しを付け、そこに拳銃を入れておくことにした。いつも机を前にして座り、内職をしている。そこならすぐに取り出すことができる。
 刀は押入れの奥にしまった。人が来た時に見える所に置くわけにはいかない。刀は狭い部屋の中で振り回すのは困難であるから、咄嗟の時に使える場所に置いておく必要はない。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

変な屋敷 ~悪役令嬢を育てた部屋~

aihara
ミステリー
侯爵家の変わり者次女・ヴィッツ・ロードンは博物館で建築物史の学術研究院をしている。 ある日彼女のもとに、婚約者とともに王都でタウンハウスを探している妹・ヤマカ・ロードンが「この屋敷とてもいいんだけど、変な部屋があるの…」と相談を持ち掛けてきた。   とある作品リスペクトの謎解きストーリー。   本編9話(プロローグ含む)、閑話1話の全10話です。

【ショートショート】雨のおはなし

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
青春
◆こちらは声劇、朗読用台本になりますが普通に読んで頂ける作品になっています。 声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。 ⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠ ・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します) ・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。 その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

旧校舎のフーディーニ

澤田慎梧
ミステリー
【「死体の写った写真」から始まる、人の死なないミステリー】 時は1993年。神奈川県立「比企谷(ひきがやつ)高校」一年生の藤本は、担任教師からクラス内で起こった盗難事件の解決を命じられてしまう。 困り果てた彼が頼ったのは、知る人ぞ知る「名探偵」である、奇術部の真白部長だった。 けれども、奇術部部室を訪ねてみると、そこには美少女の死体が転がっていて――。 奇術師にして名探偵、真白部長が学校の些細な謎や心霊現象を鮮やかに解決。 「タネも仕掛けもございます」 ★毎週月水金の12時くらいに更新予定 ※本作品は連作短編です。出来るだけ話数通りにお読みいただけると幸いです。 ※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。 ※本作品の主な舞台は1993年(平成五年)ですが、当時の知識が無くてもお楽しみいただけます。 ※本作品はカクヨム様にて連載していたものを加筆修正したものとなります。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

弁護士 守部優の奇妙な出会い

鯉々
ミステリー
新人弁護士 守部優は始めての仕事を行っている最中に、謎の探偵に出会う。 彼らはやがて、良き友人となり、良き相棒となる。 この話は、二人の男が闇に隠された真実を解明していく物語である。

処理中です...