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 勇治が部屋の真ん中に正座し、黙々と内職をしている時にアパートの萎びたチャイムが鳴った。由紀は雑用に出かけている。
 勇治は用心深く、しかし相手にそう悟られないように部屋のドアを開けた。
「久しぶり」
 目の前の男を見て勇治は一瞬、体を固くした。パリッとした背広姿で微笑んでいるのは、昔、勇治の目の前で指を切り落とされた川口であった。
「おまえ」
 そう言ったきり次の句を告げることができなかった。
「捜したぜ。やっと見つけた」
 川口は屈託のない笑顔を見せた。二年前のようにパーマをかけていない。突っ張っていた面影もない。商社に勤めるサラリーマンのようであった。
 勇治は無意識のうちに身構えていた。川口の体、その背後を見る。しかし川口のどこにも緊張したものが感じられない。
「俺一人だよ」
 川口は勇治の顔を見て陽気に言う。
「俺を捜していた?」
 勇治はほんの少し警戒心を取り除きながら尋ねた。
「そうだ。どうしてもあの時の礼が言いたくて。言わなきゃ死んでも死にきれねえ」
 そして笑顔になって勇治を見る。
「本当にあの時はありがとうございました」
 立ったまま川口は頭を深く下げた。
「止してくれ」
「助けてくれなかったら命もなかったかもしれねえ。そうじゃなくても指、全部切り落とされて気が狂ってた」
「そんなことはないだろ」
「いや。この恩は一生忘れんぜ」
 勇治と川口は相手の目をじっと見つめた。隠された心の内を探すように。
「どうやってこの場所を見つけた?」
「随分苦労した。あの時からずっとあんたを捜してた」
「どうやって俺を見つけたんだ?」
「そりゃ死に物狂いで捜したから」
「一人でか?」
「もちろん。俺一人で」
「ヤクザも警察も俺を捜してるが、まだ見つけ出せずにいる。それなのにお前はたった一人で俺を捜し出したというのか?」
「人数なんか関係ねえ。組の奴らは死に物狂いであんたを捜してるかもしれねえ。けど他の組なんか連絡を受けた時は協力させてもらうとか調子いいこと言っといて、数分後にはきれいさっぱり忘れてるだろ。上の組織からのことなら別だろうけどよ。警察も同じ。全国指名手配すりゃそれで終わり。地元のおまわりは手え抜けるし、よそじゃ、また来たなって本気で捜しゃしねえ」
「まるで見てきたみたいだな」
「さんざ勉強させてもらったぜ」
「で、どうやってここを見つけたんだ?」
「色々あった。話せば長くなる。立ち話じゃ、なんだ。近くにいい店でもないか?」
「俺は追われてるんだ。簡単に外には出られん」
「そっか」
 川口はつまらなさそうに言って勇治の肩越しに部屋の中を見る。
「部屋に上げてもらうってわけにもいかなさそうだし、積もる話はいっぱいあるが、またこの次にさせてもらうよ。取りあえず今日は挨拶までだ」
「悪いな」
 低くつぶやくように言って勇治は川口の目を鋭く見つめる。
「言わねえよ、誰にも」
 勇治の視線を読み取り、川口はぶっきらぼうに応えると、くるりと背を向けた。
「じゃ」
 振り返りもせずに歩いていく川口の姿を、勇治は身を潜めるようにして階下に見えなくなるまで見送った。

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