原口源左衛門の帰郷

原口源太郎

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春塵

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 原口源左衛門とその妻、雪乃は帰郷の報告をするために尾張の地を訪れた。
 尾張は一年ほど仕官の機会を待ち、暮らした街である。その間に故郷の米形から持参した金は尽き、多くの人に助けてもらった。中には源左衛門と雪乃の行く末を案じている者もいるはずである。その人たちのために、再び尾張の地を訪れたのであった。
 源左衛門と雪乃はまず青山忠広の元を訪れた。
「それはよかった」
 源左衛門の話を聞き、青山は素直に安堵の表情を見せた。
 青山はこの地に道場を構え、数多くの門弟を抱えている。
 尾張といえば柳生新陰流くらいは源左衛門も知っていた。しかしその他にも幾つもの他流の道場が存在し、青山が教えるのは宮本武蔵の剣術といわれている円明流である。
 青山は源左衛門の腕を大いに評価し、尾張藩への仕官が叶うように動いてくれた。その願いは叶えられなかったが、その間に投剣術など今までに学んだ事のない技を、青山から直々に手ほどきを受けた。
 まず一番先に米形に帰れることになったと報告したかったのが青山であった。
「ただし。十分にお気を付けなされよ」
 一転して表情を硬くして青山が言った。
「はい?」
「そなたの赤吹でのことは、この尾張にも知れ渡っている。そなたと勝負をして名を上げたいと考える者も現れよう。そのような者たちをかわし、時には受け止めて生きてかなければならなくなる」
「影風流は、道場以外での試合は特別の場合を除いて禁止されています」
「うむ。しかしそれでは済まぬ場合も訪れよう。剣術同様にこれからはそのような場合にいかように立ち回るかも学んでいかなければならぬ」
「はい」
 そんな話を道場脇の小部屋で話している時に、一人の大男がふらりと現れた。
「これは。相変わらずお美しい」
 部屋に入ってくるなり、その大男は雪乃を見て言った。
 その男は青山の高弟である岡本直政で、道場では師範代として門下生を指導していた。
「これ、まずは原口殿に挨拶をするのが先であろう」
 青山がたしなめた。
「おお、これは失礼した。元気でありましたか?」
「ええ、おかげさまで」
「赤吹での活躍は耳に入ってきているから、元気なのはわかっていたがな」
 そう言って直政は人懐こい笑顔を顔いっぱいに浮かべた。
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