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霜夜
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翌日、源左衛門は中川道場に行った。毎日、特別することがないので時々中川の道場に出かけていって若い者たちの稽古を見学し、感じていたのである。
「いや、そんなところで酒を飲むというわけにはいくまい」
中川が言った。
昨日の甚六の話を伝え、中川様もどうかと声をかけてみたのである。ただ、中川がそのような返事をするであろうことはわかっていた。
「せっかくのお誘い、まことに申し訳ないが」
「いえ、中川先生ならきっとそうおっしゃると思っていました」
源左衛門の言葉を聞き、中川は少し考えているようであった。
「原口殿が米形に帰る前に、ぜひ弟子たちにその技を見せてやりたいと思うが、いかがであろう」
「よろしいです」
「新陰流の型の披露と、以前二人で行った木刀での実戦形式の打ち合いというのはいかがか?」
「承知しました」
「そのあとで酒を一杯やろう。私も甚八の件を聞いて、原口殿と酒を飲みながら剣術の話などしてみたくなった」
そう言って中川は笑った。
大村などの侍には与助が声をかけてくれることになっていたが、予想していた通り、誰も甚八に行くと言う者はいなかった。
「あっしが武家を代表して皆の分まで飲まさせていただきます」
そう言う与助はしっかり飲んで食べる気満々であった。
源左衛門は中川道場から帰ると、まず長屋の差配人の留吉の元を訪ね、次に隣に住む彦次郎夫婦と大工の政に声をかけた。
彦次郎も政も、源左衛門の話を聞くと困ったような顔を見せたが、代金は甚六持ちだと言うと、すぐにご一緒しますという返事が返ってきた。
そのあと自分の部屋に帰った源左衛門は雪乃に帰宅を告げた。
「今帰った」
出迎えた雪乃を見て源左衛門はおやっと思った。泣いていたように見える。
「どうした?」
源左衛門は尋ねた。
「いえ、何でもありません」
雪乃はいつもように刀を受け取り、奥の部屋に行く。
源左衛門も足を洗い、奥の部屋に行った。
粗末な机の上にたくさんの小銭が並んでいる。
「これは?」
源左衛門は座りながら尋ねた。
「ご近所の方たちが・・・・」
雪乃が言うには、長屋のおかみさんたちが少しずつ金を出し合って持ってきてくれたのである。そんな話をしながら、また雪乃の目から涙がこぼれてきた。
この長屋に源左衛門と雪乃がやって来た時、蓄えはほとんどなく、仕事もなかったので貧困を極めていた。その時に助けてくれたのが隣の部屋の彦次郎夫婦や政、それに近所のおかみさんたちであった。
自分たちもその日その日を暮らしていくのに大変なはずなのに、源左衛門と雪乃が故郷へ帰ると聞き、旅費の足しにとなけなしの金を集めて持ってきてくれたのである。
赤吹藩から月々の手当てをもらうようになったことは言っていなかったし、米形からの使者が十分な旅費を置いていってくれたことも話していなかったから、長屋の者たちは二人が未だに貧困にあえいだ生活をしていると思っていた。
近所のおかみさんたちが別れを惜しみながらその金を渡そうとした時、雪乃は受け取るのを拒んだ。
「旅費は十分なものを米形のほうから頂いています」
そう言って金を返そうとしたが、おかみさんたちは一度渡したものを再び手に取ろうとはしなかった。
雪乃はその金を机の上に並べ、自分のことを思ってくれるおかみさんたちのことを考えて涙していたのである。
「昨日、雪乃は私のことを人柄ゆえに多くの人に助けられるのだと言った。だが、雪乃の人柄は私の数段上を行くようだ」
源左衛門は剣術の腕にたとえて雪乃の人柄を評価した。
「いや、そんなところで酒を飲むというわけにはいくまい」
中川が言った。
昨日の甚六の話を伝え、中川様もどうかと声をかけてみたのである。ただ、中川がそのような返事をするであろうことはわかっていた。
「せっかくのお誘い、まことに申し訳ないが」
「いえ、中川先生ならきっとそうおっしゃると思っていました」
源左衛門の言葉を聞き、中川は少し考えているようであった。
「原口殿が米形に帰る前に、ぜひ弟子たちにその技を見せてやりたいと思うが、いかがであろう」
「よろしいです」
「新陰流の型の披露と、以前二人で行った木刀での実戦形式の打ち合いというのはいかがか?」
「承知しました」
「そのあとで酒を一杯やろう。私も甚八の件を聞いて、原口殿と酒を飲みながら剣術の話などしてみたくなった」
そう言って中川は笑った。
大村などの侍には与助が声をかけてくれることになっていたが、予想していた通り、誰も甚八に行くと言う者はいなかった。
「あっしが武家を代表して皆の分まで飲まさせていただきます」
そう言う与助はしっかり飲んで食べる気満々であった。
源左衛門は中川道場から帰ると、まず長屋の差配人の留吉の元を訪ね、次に隣に住む彦次郎夫婦と大工の政に声をかけた。
彦次郎も政も、源左衛門の話を聞くと困ったような顔を見せたが、代金は甚六持ちだと言うと、すぐにご一緒しますという返事が返ってきた。
そのあと自分の部屋に帰った源左衛門は雪乃に帰宅を告げた。
「今帰った」
出迎えた雪乃を見て源左衛門はおやっと思った。泣いていたように見える。
「どうした?」
源左衛門は尋ねた。
「いえ、何でもありません」
雪乃はいつもように刀を受け取り、奥の部屋に行く。
源左衛門も足を洗い、奥の部屋に行った。
粗末な机の上にたくさんの小銭が並んでいる。
「これは?」
源左衛門は座りながら尋ねた。
「ご近所の方たちが・・・・」
雪乃が言うには、長屋のおかみさんたちが少しずつ金を出し合って持ってきてくれたのである。そんな話をしながら、また雪乃の目から涙がこぼれてきた。
この長屋に源左衛門と雪乃がやって来た時、蓄えはほとんどなく、仕事もなかったので貧困を極めていた。その時に助けてくれたのが隣の部屋の彦次郎夫婦や政、それに近所のおかみさんたちであった。
自分たちもその日その日を暮らしていくのに大変なはずなのに、源左衛門と雪乃が故郷へ帰ると聞き、旅費の足しにとなけなしの金を集めて持ってきてくれたのである。
赤吹藩から月々の手当てをもらうようになったことは言っていなかったし、米形からの使者が十分な旅費を置いていってくれたことも話していなかったから、長屋の者たちは二人が未だに貧困にあえいだ生活をしていると思っていた。
近所のおかみさんたちが別れを惜しみながらその金を渡そうとした時、雪乃は受け取るのを拒んだ。
「旅費は十分なものを米形のほうから頂いています」
そう言って金を返そうとしたが、おかみさんたちは一度渡したものを再び手に取ろうとはしなかった。
雪乃はその金を机の上に並べ、自分のことを思ってくれるおかみさんたちのことを考えて涙していたのである。
「昨日、雪乃は私のことを人柄ゆえに多くの人に助けられるのだと言った。だが、雪乃の人柄は私の数段上を行くようだ」
源左衛門は剣術の腕にたとえて雪乃の人柄を評価した。
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