名も知らぬ人

原口源太郎

文字の大きさ
上 下
10 / 10

10

しおりを挟む
 青い空に青い海。
 ポルシェとバイク。
 龍一と晴菜、並んで座り、海を見ている。
「お見合いの時、何であんな格好をしてきたの?」
「あれが本来の俺の姿」
「ええ?」
「嘘だよ。自分ではまだ結婚なんてする気がないから見合いもする気がなかった。それを態度で親父にわからせてやろうと思った。間違えて相手に気に入られないようにという意味もあったし」
「お見合いの写真も同じような感じだった」
「どんな写真?」
「やっぱり黒縁のメガネにパリッとした七三分け」
「ああ。学生の時の写真だな。アメリカに留学するとき、向こうの大学に出したやつだ。なるべく真面目そうに見えるようにって、その時に黒縁の伊達眼鏡を買ったんだ。しかしそんな写真をお見合い用にするかな」
「お父様はその写真を気に入っているんじゃないの? だからお見合いの時にあなたが妙な姿をしてきてもお父様は何も言わなかった。というより、それがあなたの正装だと思っていたのだと思う」
「そうか。俺はとんだ勘違いをしていたわけだ。まあ、めったに親父と話をすることはないから、親父が俺のことをどう思っているかなんて知らないしね」
「でも、すごい偶然があるものね。お互いお見合いをする相手だったなんて」
「忘れてた」
 そう言って龍一はジャンパーのポケットから二本の缶コーヒーを取り出した。
「そろそろコーヒーが飲みたくなったから買ってこいって言いだす頃だろ」
 晴菜はコーヒーを受け取る。
「ありがとう」
「俺はずっと俯いてて、相手の顔なんて見なかった。ところが、悲鳴が聞こえて、どうしたんだろうと思って顔を上げたら、お前がいた。本当にびっくりしたよ」
「私も相手の人の顔が見られなくて俯いていたんだけど、お腹の辺りで掌に文字を書いているのが目に入ったの。あれっと思って顔をよく見たら、あなただった。あれがなかったらお見合いの間中ずっと俯いてて、あなただって気が付かずにいたかもしれない」
「そうか。実は掌に書いている文字はL、O、V、Eだけじゃないんだ」
「ラブ誰々?」
「うん」
「今でもその人のことを好きなんだ」
「いや」
 龍一は考え込むように海を見る。
 晴菜は黙ったまま、龍一が再び話すのを待っている。
「アメリカにいる時に付き合ってた。ブロンドの長い髪で、活発な子だった。お前にどこか似ているかな。おまじないみたいに、何かあるごとに自分の掌に文字を書いていた。俺が日本に帰るとき、初めて俺の掌にLOVEって書いて、忘れないでくれって言った。でもすぐにその言葉を打ち消して、全部忘れてくれって。今じゃ、その子のことは吹っ切れたけれど、掌の文字はいつの間にか俺の中に居ついちまった」
「素敵な話じゃない」
「あの時、彼女はお互いに新しい恋をしなければならないから、今までのことは忘れるべきだと言った。その時の俺は、彼女もそうだったと思うけれど、未練たらたらだった。だからこそ、忘れるべきだと思った」
「それで、彼女の事は本当に忘れたの?」
「今は。実はずっと彼女の事が忘れられずに引きずっていた。そうなることを恐れて彼女も俺もお互いを忘れようと約束したのに。でも、今は新しいものが俺の中に入り込んできて、彼女への気持ちを忘れることができた。それが何かは、言わなくてもわかるだろ?」
「全然わからない」
 晴菜は無邪気な笑顔を見せて龍一を見る。
「わからないなら別にいいんだけど」
「本当はわかると思う」
「そういえば、今朝、お前のお父さんから連絡があった」
「お父様から?」
「お宅の御子息さんは思っていた以上に立派な方で、うちの不出来な娘とはとてもお付き合いができそうにありません、と」
「えー、お父様ったら、必死に考えたのでしょうけど、その結果がそれか」
 晴菜、頭が痛いといった風にうなだれる。
「ちゃんと俺たちのことを言ってくれればよかったのに」
 晴菜は龍一に寄りそうようにその肩に頭をのせた。
「ちゃんと言っておきます」



                                  終わり
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

【完結】君とひなたを歩くまで

みやこ嬢
ライト文芸
【2023年5月13日 完結、全55話】 身体的な理由から高校卒業後に進学や就職をせず親のスネをかじる主人公、アダ名は『プーさん』。ダラダラと無駄に時間を消費するだけのプーさんの元に女子高生ミノリが遊びに来るようになった。 一緒にいるうちに懐かれたか。 はたまた好意を持たれたか。 彼女にはプーさんの家に入り浸る理由があった。その悩みを聞いて、なんとか助けてあげたいと思うように。 友人との関係。 働けない理由。 彼女の悩み。 身体的な問題。 親との確執。 色んな問題を抱えながら見て見ぬフリをしてきた青年は、少女との出会いをきっかけに少しずつ前を向き始める。 *** 「小説家になろう」にて【ワケあり無職ニートの俺んちに地味めの女子高生が週三で入り浸ってるんだけど、彼女は別に俺が好きなワケではないらしい。】というタイトルで公開している作品を改題、リメイクしたものです。

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

崩れゆく世界に天秤を

DANDY
ライト文芸
罹ると体が崩れていく原因不明の“崩壊病”。これが世に出現した時、世界は震撼した。しかしこの死亡率百パーセントの病には裏があった。 岬町に住む錦暮人《にしきくれと》は相棒の正人《まさと》と共に、崩壊病を発症させる化け物”星の使徒“の排除に向かっていた。 目標地点に到着し、星の使徒と対面した暮人達だったが、正人が星の使徒に狙われた一般人を庇って崩壊してしまう。 暮人はその光景を目の当たりにして、十年前のある日を思い出す。 夕暮れの小学校の教室、意識を失ってぐったりとしている少女。泣き叫ぶ自分。そこに佇む青白い人型の化け物…… あの時のあの選択が、今の状況を招いたのだ。 そうして呆然と立ち尽くす暮人の前に、十年前のあの時の少女が現れ物語が動き出す。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

処理中です...