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お見合い当日。
ホテルのロビーで正装した義広は心配そうな顔でそわそわと落ち着かないでいる。
着飾った晴菜が入ってくる。
「よし、行くぞ」
親子はエレベーターに乗り、最上階へと上がっていく。
大きなガラスに覆われた見晴らしの良いレストランの窓際の席で男が二人、並んで座っている。
エレベーターから降り、晴菜を従えてレストランに入ってきた義広は、店員に案内されてYMB産業の社長とその息子が座るテーブルへやってきた。二人は義広たちに気が付き、立ち上がる。
YMB産業の社長と義広が長々とあいさつの言葉を交わし、晴菜はその間ずっと俯いていた。
ちらりと見たお見合い相手の男は、長めの髪を七三に分けてテカテカに固め、大きな黒縁のメガネで俯いている。
その男が、体の前で掌に文字を書いているのに気が付く。
晴菜は驚いて顔を上げ、男を凝視する。
「あっ」
晴菜は短い悲鳴を上げた。
義広と相手の父親がその声を聞いて晴菜を見る。
相手の男も晴菜を見てギョッとした顔になる。
その男はいつも海で会っている男だった。
くすくすと笑い出す晴菜。
相手の男も照れたように微笑む。
義広たちはポカンとして二人を見つめた。
ホテルの一階ロビーの奥の喫茶コーナーで晴菜と男が正装のままコーヒーを飲んでいる。
男は眼鏡を外し、撫で付けてあった髪も乱れ始めている。
先ほどのお見合いで、男はYMB産業の社長の息子で、今は役員をしている村沢龍一だと紹介され、晴菜は初めて男の名前を知った。
「あなた知っていたの? 今日のお見合いの相手が私だってこと」
「いや、全然。お前もだろ?」
「うん。凄くびっくりした」
「よくお見合いなんてする気になったな」
「父にどうしてもしてくれって言われて」
「親父に弱いんだ」
「常日頃は反発しているんだけど」
「俺も同じ。家じゃ、親父が絶対の権力者だからね。逆らえない。しかしお前も堅いな。この見合いのために俺に会わないって言ったんだろ?」
「あなただってそうじゃないの? 自分のことを話したがらなかったのはこのお見合いがあったからでしょ?」
龍一はコーヒーを飲む。
「そうかもな」
「もう話してくれてもいいんじゃない? あなたのこと」
「何を知りたい?」
「初めにあなたの名前、と言いたいところだけど、それはさっき聞いたな。どうしても不思議に思うのは車の運転のこと。普段車を運転しないのに、何であんなに凄い運転ができるわけ?」
「俺、アメリカに行ってたことがあるんだ。学生だったんだけど、車が好きでレースばかりやってた」
「それでか。今でもやっているの?」
「いや、日本に帰ってきてから車の運転はしていない」
「じゃ、どうでした、久しぶりに車を運転した感想は」
「よかった。お前の車が凄く良かったしね」
「またドライブに行く?」
「いいね」
「あの時、私、死んじゃうかもしれないと思った。多分十年くらい寿命が縮まったよ」
「もうあんな運転はしない。あれはサーキット用の走り。それに運転手はお前だ」
一方、ロビーのソファでは義広が苦悩の表情で考えている。
「二人が知り合いだったのは良かったにしても、何て断ればいいのだろうか」
ホテルのロビーで正装した義広は心配そうな顔でそわそわと落ち着かないでいる。
着飾った晴菜が入ってくる。
「よし、行くぞ」
親子はエレベーターに乗り、最上階へと上がっていく。
大きなガラスに覆われた見晴らしの良いレストランの窓際の席で男が二人、並んで座っている。
エレベーターから降り、晴菜を従えてレストランに入ってきた義広は、店員に案内されてYMB産業の社長とその息子が座るテーブルへやってきた。二人は義広たちに気が付き、立ち上がる。
YMB産業の社長と義広が長々とあいさつの言葉を交わし、晴菜はその間ずっと俯いていた。
ちらりと見たお見合い相手の男は、長めの髪を七三に分けてテカテカに固め、大きな黒縁のメガネで俯いている。
その男が、体の前で掌に文字を書いているのに気が付く。
晴菜は驚いて顔を上げ、男を凝視する。
「あっ」
晴菜は短い悲鳴を上げた。
義広と相手の父親がその声を聞いて晴菜を見る。
相手の男も晴菜を見てギョッとした顔になる。
その男はいつも海で会っている男だった。
くすくすと笑い出す晴菜。
相手の男も照れたように微笑む。
義広たちはポカンとして二人を見つめた。
ホテルの一階ロビーの奥の喫茶コーナーで晴菜と男が正装のままコーヒーを飲んでいる。
男は眼鏡を外し、撫で付けてあった髪も乱れ始めている。
先ほどのお見合いで、男はYMB産業の社長の息子で、今は役員をしている村沢龍一だと紹介され、晴菜は初めて男の名前を知った。
「あなた知っていたの? 今日のお見合いの相手が私だってこと」
「いや、全然。お前もだろ?」
「うん。凄くびっくりした」
「よくお見合いなんてする気になったな」
「父にどうしてもしてくれって言われて」
「親父に弱いんだ」
「常日頃は反発しているんだけど」
「俺も同じ。家じゃ、親父が絶対の権力者だからね。逆らえない。しかしお前も堅いな。この見合いのために俺に会わないって言ったんだろ?」
「あなただってそうじゃないの? 自分のことを話したがらなかったのはこのお見合いがあったからでしょ?」
龍一はコーヒーを飲む。
「そうかもな」
「もう話してくれてもいいんじゃない? あなたのこと」
「何を知りたい?」
「初めにあなたの名前、と言いたいところだけど、それはさっき聞いたな。どうしても不思議に思うのは車の運転のこと。普段車を運転しないのに、何であんなに凄い運転ができるわけ?」
「俺、アメリカに行ってたことがあるんだ。学生だったんだけど、車が好きでレースばかりやってた」
「それでか。今でもやっているの?」
「いや、日本に帰ってきてから車の運転はしていない」
「じゃ、どうでした、久しぶりに車を運転した感想は」
「よかった。お前の車が凄く良かったしね」
「またドライブに行く?」
「いいね」
「あの時、私、死んじゃうかもしれないと思った。多分十年くらい寿命が縮まったよ」
「もうあんな運転はしない。あれはサーキット用の走り。それに運転手はお前だ」
一方、ロビーのソファでは義広が苦悩の表情で考えている。
「二人が知り合いだったのは良かったにしても、何て断ればいいのだろうか」
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