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日は落ちても、まだ雨は降っている。
家に帰ってきた晴菜は美紀と一緒にテーブルに座り、夕食を取っている。
「それじゃ、その名無しの権兵衛さんは何をしに海に来ているわけ?」
「わからない。本人が言うには、ボーっと海を眺めているのが趣味なんだって」
「お住まいはどちらなの?」
「それも知らない。趣味だけはかろうじて聞き出せたんだけど、プライベートな事は話したくないって、そればっかり」
「それじゃ、あまり脈がないのじゃない?」
「今のままの関係でもいいと思う。私さえ惹かれ過ぎなければ」
「・・・・ところで、この前事故に遭われたお母さんと子供さんの具合はその後、どう?」
「明日お見舞いに行ってくるんだけど、お母さんのほうはまだ何日か入院しなければならないみたい。女の子は入院するほどでもなかった。あの時は、目の前で人が撥ね飛ばされて、血を流して横たわっているのを見て、本当に怖かった」
「その時の名無しの権兵衛さんはどうだったの? 逃げた人たちを捕まえたのでしょ?」
「うん、あの時はまるで別人みたいだった。冷静で格好よくて凄く運転が上手くて」
「お仕事で車を運転しているの?」
「いいえ。車は持っていないし、仕事でも運転はしない。それでも凄いスピードで山道を走って、怖いのに安心していられた。どうしてあんな運転ができるのか不思議」
「あなたと男の人と比べるのは無理よ」
「私は運転、下手じゃありません。あの人は本当にびっくりするくらい運転が上手いんだから」
晴菜はムキになって言った。
「それで、お見合いの話はしてみたの?」
「いいえ。しようと思ったんだけど、やっぱりやめた。私自身がまだあの人に対してどう思っているのかはっきり固まっていないし、話したらあの人はそれを負担に思うかもしれない。それともあの人は何とも思わなくて、私が傷つくだけかもしれない」
「お見合いが嫌ならやめればいいのよ。お父さんが勝手に決めたことなのだから」
晴菜は俯いてしばらく考える。
「今さらやめるなんて言ったら、お父様、困るでしょ?」
燃えるような夕焼けが空も海も染めている。
晴菜は車にもたれてそんな海と空を眺めていた。
車から少し離れた場所にはバイクが止まっている。
男が、両手をズボンのポケットに突っ込んだまま歩いてくる。
晴菜の横まで歩いてきて、寄り添うように立ち海を見る。
「絵の下描きが終わったんだ」
晴菜がそう言い、男は晴菜の顔を見る。
「もうキャンバスに色をのせているの。スケッチは何枚も描いたし、イメージも膨らむだけ膨らんだから、ここに来る必要もなくなった」
「来ないの? せっかく知り合いになれたのに。残念だな」
男は足元に視線を落とす。
「でも、まだ毎日でも海を見にここに来たい」
「来ればいいのに」
男は車にもたれたまま掌に文字を書いている。
「本当のことを言うとね、海なんていいの。あなたの顔を見に来たい。あなたと話をしに来たい」
「来ればいいのに。遠慮することない」
「でも来ない」
二人は黙り込んだ。
辺りは薄暗くなっていく。
「ねえ、オートバイに乗せてくれない?」
「運転できるの?」
「いいえ。後ろに乗せて。二人乗り、できるんでしょ?」
男は付いてこいと合図して歩き出す。
晴菜が後に続く。
「あなたって不思議な人ね。性格や考え方がよくわからないし、スーパーマンみたいな車の運転をしてみたり、緊急事態に冷静でいられたり」
「別に不思議じゃないよ。プライベートなことも、いつか話そうと思っていた」
「なら話して。知りたいことはいっぱいあるの」
「ブー。これから会わなくなる人間にそんな事、話したくない」
「そうか。そうだよね。知らないほうがいいか」
バイクのところに来て男はヘルメットを晴菜に渡す。
晴菜はヘルメットを被る。
バイクは闇の中に走り去る。
家に帰ってきた晴菜は美紀と一緒にテーブルに座り、夕食を取っている。
「それじゃ、その名無しの権兵衛さんは何をしに海に来ているわけ?」
「わからない。本人が言うには、ボーっと海を眺めているのが趣味なんだって」
「お住まいはどちらなの?」
「それも知らない。趣味だけはかろうじて聞き出せたんだけど、プライベートな事は話したくないって、そればっかり」
「それじゃ、あまり脈がないのじゃない?」
「今のままの関係でもいいと思う。私さえ惹かれ過ぎなければ」
「・・・・ところで、この前事故に遭われたお母さんと子供さんの具合はその後、どう?」
「明日お見舞いに行ってくるんだけど、お母さんのほうはまだ何日か入院しなければならないみたい。女の子は入院するほどでもなかった。あの時は、目の前で人が撥ね飛ばされて、血を流して横たわっているのを見て、本当に怖かった」
「その時の名無しの権兵衛さんはどうだったの? 逃げた人たちを捕まえたのでしょ?」
「うん、あの時はまるで別人みたいだった。冷静で格好よくて凄く運転が上手くて」
「お仕事で車を運転しているの?」
「いいえ。車は持っていないし、仕事でも運転はしない。それでも凄いスピードで山道を走って、怖いのに安心していられた。どうしてあんな運転ができるのか不思議」
「あなたと男の人と比べるのは無理よ」
「私は運転、下手じゃありません。あの人は本当にびっくりするくらい運転が上手いんだから」
晴菜はムキになって言った。
「それで、お見合いの話はしてみたの?」
「いいえ。しようと思ったんだけど、やっぱりやめた。私自身がまだあの人に対してどう思っているのかはっきり固まっていないし、話したらあの人はそれを負担に思うかもしれない。それともあの人は何とも思わなくて、私が傷つくだけかもしれない」
「お見合いが嫌ならやめればいいのよ。お父さんが勝手に決めたことなのだから」
晴菜は俯いてしばらく考える。
「今さらやめるなんて言ったら、お父様、困るでしょ?」
燃えるような夕焼けが空も海も染めている。
晴菜は車にもたれてそんな海と空を眺めていた。
車から少し離れた場所にはバイクが止まっている。
男が、両手をズボンのポケットに突っ込んだまま歩いてくる。
晴菜の横まで歩いてきて、寄り添うように立ち海を見る。
「絵の下描きが終わったんだ」
晴菜がそう言い、男は晴菜の顔を見る。
「もうキャンバスに色をのせているの。スケッチは何枚も描いたし、イメージも膨らむだけ膨らんだから、ここに来る必要もなくなった」
「来ないの? せっかく知り合いになれたのに。残念だな」
男は足元に視線を落とす。
「でも、まだ毎日でも海を見にここに来たい」
「来ればいいのに」
男は車にもたれたまま掌に文字を書いている。
「本当のことを言うとね、海なんていいの。あなたの顔を見に来たい。あなたと話をしに来たい」
「来ればいいのに。遠慮することない」
「でも来ない」
二人は黙り込んだ。
辺りは薄暗くなっていく。
「ねえ、オートバイに乗せてくれない?」
「運転できるの?」
「いいえ。後ろに乗せて。二人乗り、できるんでしょ?」
男は付いてこいと合図して歩き出す。
晴菜が後に続く。
「あなたって不思議な人ね。性格や考え方がよくわからないし、スーパーマンみたいな車の運転をしてみたり、緊急事態に冷静でいられたり」
「別に不思議じゃないよ。プライベートなことも、いつか話そうと思っていた」
「なら話して。知りたいことはいっぱいあるの」
「ブー。これから会わなくなる人間にそんな事、話したくない」
「そうか。そうだよね。知らないほうがいいか」
バイクのところに来て男はヘルメットを晴菜に渡す。
晴菜はヘルメットを被る。
バイクは闇の中に走り去る。
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