名も知らぬ人

原口源太郎

文字の大きさ
上 下
4 / 10

しおりを挟む
 ヘッドライトを点けた車が河原家に帰ってきた。
 テレビのナイター中継を見ていた義広は耳を澄ませて車の音を聞き、とそわそわと落ちくかなくなる。
「ただいま」
 スケッチブックを抱えた晴菜が義広のいる居間の横を通りかかる。
「晴菜」
 声をかけると、一旦通り過ぎた晴菜が戻ってきた。
「今日は早いね」
 晴菜はいつも仕事で帰宅の遅い義広に言った。
「スケッチに行っていたのか?」
「はい」
「いい絵が描けそうか?」
「はい」
「そうか・・・・。この前、好きな人がいると言っていたが、お付き合いをしているのか?」
「いいえ。お付き合いはしていません」
「どういう人なんだ? 仕事は何をしている?」
 その問いかけに、晴菜は俯いて考える。
「素敵な人です。おやすみなさい」
 晴菜はぷいっと踵を返し、行ってしまう。

 しばらくしてナイターを見ている義広のところに美紀がやってくる。
「紅茶でも飲みますか?」
「いや、いい。それより、ちょっと座らないか?」
 美紀は義広の隣に座る。
 義広はリモコンを手に取り、テレビを消した。
「晴菜の見合いのことなんだが。あれからまた考えてみた。それについて意見を聞かせてほしい」
「ええ。いいですよ」
 義広は封筒からお見合い相手の写真を取り出す。
「この写真なんだが。もっといい男の写真にしたらどうだろう」
「別の人の写真を見せるのですか?」
 眉をひそめて美紀が言う。
「晴菜は相手の経歴など見ていないし、当日は相手にそれなりの姿をしてきてもらえば」
「前にも言いましたけれど、晴菜をだますような事はいけません」
「そうか。やっぱり嘘はいかんか。他にも色々と考えてはみたんだが」
「他にはどんなことを考えたのですか?」
「今、私の会社が資金繰りに困っていて、晴菜がこのお見合いに行ってくれれば相手から融資が受けられるとか、相手や相手の親が晴菜のことをとても気に入っていて、お見合い相手の男は晴菜がお見合いに来てくれないのなら死ぬとまで言っている」
 美紀は気乗りしない様子で聞いている。
「他にはありますか?」
「このお見合いの話はすでに受けてしまった。今更断ることはできない。もし断るのなら、大事な取引先のことだし、私はこのまま会社の代表としてとどまることはできない」
「晴菜を説得するにしてはどうでしょう。嘘としては許させる範疇かもしれませんが」
「これは嘘ではない」
「え?」
「是非、お見合いだけでもと言うので、受けてしまった」
「そんな、晴菜の同意もなしに」
「だから何とかしなければならん」
「私はそこまで協力できません。ただ、無理矢理に晴菜をお見合いに連れていくようなことはしないでください」
「うむ」
 義広は力なく頷く。

 翌朝。
 晴菜はキッチンでクッキーを焼いている。
 そこに美紀が来て、クッキーの出来栄えを眺める。
「どこにお出かけ?」
「ドライブに行ってきます」
「一人で?」
「お友達と」
「男の人はあまり甘くしないほうがいいでしょ」
「うん。私もあまり甘くないほうが好みだし」
 そこで手を止め、晴菜は美紀を見る。
「今日初めて男の人を車に乗せるの」
「あなたの車で行くの?」
「そう。私が運転」
「じゃあ、気を付けないと。あなたはまだ経験が浅いのだから」
「もちろん安全運転です」
 晴菜は再びクッキーを焼く作業を再開する。
「相手の方はどんな人?」
「そうだなあ。二枚目ではあるかな。オートバイに乗っていて、長い髪で、ちょっとワイルドな感じ」
「その方とのお付き合いは長いの?」
「知りあってからそんなに会っていない。その人の名前も知らない。教えてくれないから。海で何度か会っただけ。今日、初めて二人だけでドライブに行くの」
「そう」
 美紀は少し不安そうな表情を見せる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

【完結】君とひなたを歩くまで

みやこ嬢
ライト文芸
【2023年5月13日 完結、全55話】 身体的な理由から高校卒業後に進学や就職をせず親のスネをかじる主人公、アダ名は『プーさん』。ダラダラと無駄に時間を消費するだけのプーさんの元に女子高生ミノリが遊びに来るようになった。 一緒にいるうちに懐かれたか。 はたまた好意を持たれたか。 彼女にはプーさんの家に入り浸る理由があった。その悩みを聞いて、なんとか助けてあげたいと思うように。 友人との関係。 働けない理由。 彼女の悩み。 身体的な問題。 親との確執。 色んな問題を抱えながら見て見ぬフリをしてきた青年は、少女との出会いをきっかけに少しずつ前を向き始める。 *** 「小説家になろう」にて【ワケあり無職ニートの俺んちに地味めの女子高生が週三で入り浸ってるんだけど、彼女は別に俺が好きなワケではないらしい。】というタイトルで公開している作品を改題、リメイクしたものです。

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

崩れゆく世界に天秤を

DANDY
ライト文芸
罹ると体が崩れていく原因不明の“崩壊病”。これが世に出現した時、世界は震撼した。しかしこの死亡率百パーセントの病には裏があった。 岬町に住む錦暮人《にしきくれと》は相棒の正人《まさと》と共に、崩壊病を発症させる化け物”星の使徒“の排除に向かっていた。 目標地点に到着し、星の使徒と対面した暮人達だったが、正人が星の使徒に狙われた一般人を庇って崩壊してしまう。 暮人はその光景を目の当たりにして、十年前のある日を思い出す。 夕暮れの小学校の教室、意識を失ってぐったりとしている少女。泣き叫ぶ自分。そこに佇む青白い人型の化け物…… あの時のあの選択が、今の状況を招いたのだ。 そうして呆然と立ち尽くす暮人の前に、十年前のあの時の少女が現れ物語が動き出す。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

処理中です...