様々な恋の行方 短編集

原口源太郎

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追いかける

追いかける

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 片隅に白い雲が浮かんでいる。
 それ以外は見渡す限り青い空が広がっている。
 穏やかに風が吹く、気持ちのいい日だった。
 そんな天気に誘われたのか、街には多くの人がいた。
 その中に彼女を見つけた。
 僕は嬉しくなって、大きな声で叫びたい衝動に駆られた。
 もちろん、そんなことはしなかったけれど。

 一年前に初めて彼女を見かけた。その美しい姿に、たちまち心を奪われた。
 その時は、遠くから見ているだけで、声もかけられなかった。
 その日から、彼女のことが頭から離れられなくなった。そして、あの時、なぜ声をかけなかったのかと後悔を重ねる日々だった。
 その彼女を再び見つけることができた。
 僕はじりじりと彼女に近づいていった。今度こそ後悔はしない。

 人の流れが変わって、彼女が離れていく。
 僕は慌てて彼女を追った。
 いきなり声をかけることはできない。さり気なく彼女の横に並び、自然な形で声をかけるのがいい。
 だけど彼女は早かった。何をそんなに急いでいるのだろう。
 人々の先にちらほらと見え隠れする彼女。さっきはすぐ近くにいたのに、もう遠くに行ってしまった。
 僕はその姿を見失わないように焦って追いかけた。

 すでに何キロ、彼女を追いかけているだろう。一向に追いつけない。それどころか、たまにどこに行ったのかわからなくなって、捜す羽目になる。
 やっと見つけた時は安堵するのだけれど、そんなことを何度か繰り返しているうちに、僕はすっかりくたびれてしまった。
 こうなったら作戦変更だ。
 目的地まで後をついていって、彼女が足を止めたときに声をかける。移動中に声をかけるよりそのほうが自然に思えた。
 何しろ一年も待っていたんだ。この機会を逃すわけにはいかない。

 長い間、僕は彼女を追いかけ続けた。汗だくになり、体力の限界だった。
 やっと目的地にたどり着いた時、僕は彼女を見失っていた。
 僕は記録用のタグを取り、数え切れないほどの人が並んでいる長い列に加わった。
 いくつもある列の一つに彼女の姿を見つけた。僕は疲れ果てているのに、彼女は元気そうだった。
 やっとタイムの記録された完走証を受け取ったあとで、彼女の姿を捜した。
 だけどもう、どこに行ってしまったのか、わからなかった。

「あの、すみません」
 不意に声をかけられ、僕は振り返った。
 見たことのない女の人がいた。
「4月の山沿いハーフマラソンに出てましたよね?」
 女の人が言った。
「出てました」
「私も走ったんです。その前にあった海沿いハーフも」
「僕も出ました」
「知ってます。その時のマラソンで初めてお見かけして。また一緒になるなんて、何かの縁じゃないかって思いました。今日こそは絶対に声をかけてみようって思ってたんです。ずっとあなたの後を走ってたんですよ。気づいてました?」
「いえ、気がつかなかったな」
「一生懸命追いつこうと思って走ったんですけど、あなたは早くて、全然追いつけなくて」
「いえいえ、僕なんて遅いです。楽しむために走っているだけで、記録は求めてないですから」
「私も同じ。次に走る予定とか、あります?」
「9月の川沿いマラソンに昨年出たので、今年もエントリーしました」
「じゃ、私もエントリーします。一緒に走りません?」
「え? いいですよ」
 僕は驚いてその積極的な女の人を見つめた。
 僕が一年前から憧れていた彼女ほど綺麗じゃないかもしれない。だけど、ときおり見せる笑顔はとても可愛かった。

 
                  終わり
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