様々な恋の行方 短編集

原口源太郎

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嫌いな僕の性格

嫌いな僕の性格

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 僕は自分のうじうじした性格がとことん嫌だった。なんで物事をはっきりと決められないのだろう。人から何か尋ねられて、なんですぐに答えることができないのだろう。
 どんなことでもパパパっとやってしまう人、ポンポンと色々な言葉、考えをすぐに口にできる人。そんな人たちを見ていると羨ましくて、自分もそうなりたいと思った。
 だけど無理だった。それなりに努力をしてきたつもりだったけど、結局自分を変えることはできなかった。
 僕はこの先どうなっていくのだろう。このまま何も変わらずに年老いていくのだろうか。
 考えただけでもぞっとする。
 僕の、こんなうじうじした性格、うじうじした生き方が嫌だ。
 嫌だ。
 嫌だ。

 嫌ならやめちまえよ。
 頭の中で別の声がした。
 別の声?
 いや、違う。それは僕の別の考えだ。
 やめるって、どういうことだ?
 うじうじした性格をやめたい。そんなことは少年のころから思ってきたことだ。何とかしようと今まで頑張ってきた。それが無駄なことだと今さらながら気が付いた。
 ならば、何をやめろというのだろう?
 やめちまえ。
 やめちまえ。




 高く山々が連なっている。
 山肌を覆う緑の木々。心地よい風がゆっくりと動いていく。
 遥か下方で、清く水が流れている。わずかに緑がかっている澄んだ川の流れ。
 うじうじした性格の『うじうじ』って、何なのだろう。こんな場所に来てまで僕はうじうじとそんなことを考えていた。
 もう、うじうじした自分のことなんてどうでもいい。この性格もこれで終わるんだ。
 橋の上から下を見ると、かなりの距離があった。高所恐怖症とまではいかないにしろ、高い所が苦手な僕は、遥か彼方の水面に吸い込まれそうな錯覚に陥ってふらふらと橋の欄干にしがみ付いた。
 深い谷底を流れる水はさらさらと動いていて、水量もある。周りにはごつごつとした巨大な岩が並んでいる。澄んだ水のおかげで、川底の砂まで見ることができた。
 こんな高い所から落ちて岩に当たったら痛いだろうな。
 そんなバカなことを考えた。
 そんなこと、考えるまでもないのに。いや、痛いとかどうのこうの思う前に死んでいる。
 くだらない考えを捨てて精神を統一した。
 心安らかに。
 心安らかに。


 やがて僕は橋の外へと身を乗り出した。その先には何もない。
 体が震えた。
 今さら怯えて何になる。もう後戻りはできない。
 僕はゆっくりと体を傾けた。
 何もない空間の方へ。清らかな流れが待つ深い深い谷の方へ。

 その時、ふと僕の頭の中に一人の女性の姿が浮かんだ。
 なぜこんな時に?
 その人は僕と同年代くらいに見えた。仕事に就いたばかりでまだ慣れていないのだろうか、受け答えはたどたどしいように感じた。ただ、不慣れな作業を一生懸命やりながら時折僕に見せる笑顔は素敵だった。
 僕の体が傾き、ふっと重力が無くなるような感覚に包まれた。
 そして僕は頭を下にして落ちていった。

 それは一瞬だったかもしれない。だけど、その間に僕の頭の中では走馬灯のように様々な思いが巡り回った。
 その人は近くで暮らしているのだろうか?
 その人に恋人はいるのだろうか? 純情そうに見えたけど、それは単に慣れない仕事のためだったからかもしれない。
 もう一度その人の笑顔が見たい。
 会って話をしたい。
 そうだ、きっと僕はその女性に恋をしたんだ。生まれて初めての一目惚れ。
 よし。その人に声をかけてみよう。今まで見知らぬ女性に声をかけるなんて経験はなかった。それができれば、今までのうじうじした自分が変われるかもしれない。いや、そうすることによって変わるんだ。振られたって構わない。勇気を出して、今までにしたことのないことをすることが大事なんだ。
 そう決心をして下を見た僕の目に、すごい勢いで迫ってくる巨大な岩が映った。僕は驚いて手足をバタバタさせた。

 不意に足を引っ張られた。
 体がグンと重くなる。
 やがてバンジージャンプ用の強力なゴムに引っ張られて僕は上方へと戻された。
 またフワッと体が軽くなる。


 橋の上に戻った僕はジャンプの受付へと急いだ。
 バンジージャンプを飛ぶことによって僕はうじうじした自分を変えられるかと思った。
 だけどもっと大きく自分を変えられるかもしれないものを、たった今見つけた。
 ふたたび受付の前に立った僕を見て、その人は笑顔を見せた。
「もう一度飛び降りますか?」
「いえ」
 それ以後は口に出せなかった。
(あなたが僕の心の中に落ちてきたんです)



                          終わり
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