様々な恋の行方 短編集

原口源太郎

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がんばれ、私

がんばれ、私

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 なんであの人を好きになってしまったんだろう。

 一つ上の学年で、すごく格好いい人がいると、たまに話題になっていたのは知っている。
 私はそれほど興味がなかったけれど。
 その話題の人が三年生になった春に、女の人と付き合うようになったらしい。
 私の友人の絵梨香がその人を好き、というか、その人のファンで、絵梨香が小耳に挟んだことの半分くらいが私にも伝わってくる。私がその人に関心がないことを知っているから、何でもかんでも話してくれるわけではない。
 その絵梨香が憧れている人に(絵梨香曰く、同じ想いの人が同じ学年に十数人いるらしい)、恋人ができたと騒ぐもんだから、当然私の耳にも入ってきた。
 話題の人の名前は石井大樹といい、私が見ても確かにイケメンだと思う。けれど、いつもブスッとしてて、楽しそうにしているところを見たことがない。彼のことを気にしている絵梨香さえも見たことがないと言っているんだから、きっといつでも笑うことがないのだろう。
 私が彼に興味がない理由はそこにある。
 私の理想は優しくて気さくで、いつも笑っている人。クラスにそんな感じの気になる人がいる。私のほのかな片想い。

 絵梨香が夢中になっている彼は女嫌いという噂で、普段のぶっきら棒な様子と相まって、女子たちが彼に惹かれている理由はそこにもあるらしい。
 だから、彼に恋人ができたと知って騒ぐのも無理はない。
 ところが、一カ月くらいして、彼とその彼女が別れたという情報が入ってきた。
 同じ三年生が彼に告白し、彼が交際をOKしたのが一カ月前だ。ところが、その後少し付き合って、告白した女子は彼に愛想をつかしたらしい。
 私はそうだよねと思った。
 絵梨香たちみたいに、外部の者として、きゃあきゃあ騒いでいるうちはいい。だけど、もし付き合うようになって二人きりになったら、あんなブスッとしている人と一緒にいたって、会話なんてないだろうし、楽しくもなんともないだろう。あんな人と付き合いたいなんて思う人の気持ちが知れない。

 だけど、彼が振られたと聞いてから、何となく気になって彼のことを見るようになった。
 あんなに格好よくて、クールでいるのに、女の子に振られたなんて、思っていたより普通の人間らしいところがある気がした。
 絵梨香はまた前のように活発になり、よく私を引っ張り出しては彼の姿の見えるところに連れていった。もちろん遠くから見ているだけだけど。
 私は前よりはしっかりとした目で彼を見るようになっていた。
 そして私は気が付いた。彼のことを好きになっている?

 学年が違うし、話をしたこともない。会話ができるほど近くに行ったことさえない。私の好きなタイプとも全然違う。なのに、なぜ心惹かれてしまったのだろう。
 今ではいつも彼のことを考えている。そしていつも胸が切なくなる。
 なぜあんな人を好きになってしまったのだろう。別の人ならよかったのに。私には決して想いの届かない人。
 それからの半年間、私はどきどきするような、苦しいような、そして時に嬉しさに浸るような不思議な時を過ごした。
 彼の姿を遠くから見ているだけでどきどきして、彼のことを考えているだけで苦しくなって、たまに目が合ったり、思わず近くに彼の姿があったりすると嬉しくなって。

 彼が高校は進学校に行くと聞いた時、私も同じ高校に行きたいと思った。そうすれば、一年間我慢して、また彼の姿を見ることができる。私は彼と同じ高校に進むために勉強を頑張ることにした。
 彼は志望校に合格し、絵梨香は彼って頭もよかったんだと妙な感心をした。
 やがて絵梨香たちは、もう見ることのできなくなった彼に興味を失ったようだった。
 だけど私は逆だ。
 姿が見られなくなって、会いたいという気持ちがどんどん膨らんでいった。
 だから私は一生懸命勉強した。彼と同じ高校に行きたい。彼の姿をまた毎日のように目に留めていたい。その一心だった。

 そして一年が経とうとしている。
 勉強に打ち込めば打ち込むほど、私の中で彼の存在が大きくなっていって、会いたいという気持ちを通り越して、私の想いを伝えたいという気持ちが心の中を埋め尽くしてしまった。
 そんな心を一生懸命押さえようとしたけれど、どうにも抑えきれなくなって、私は心を決めた。
 高校に合格したら、彼に想いを打ち明けよう。



 私は無事、彼と同じ高校に合格した。大きな緊張が去って、大きな安堵が訪れると同時に、また大きな緊張がやってきた。
 高校に合格したら、彼に私の気持ちを打ち明けると決めた。そのために一年間、頑張って勉強してきた。
 でも、想いを告げるということは、とても勇気がいることだ。
 だって彼は私の存在すら知らないのだから。

 中三の頃、絵梨香は別のイケメンに熱を上げていたけれど、その一年前に築き上げた情報網は健在で、私の気持ちを知ってか知らずしてか、とにかく私に時々、彼の高校での様子を教えてくれた。
 彼は高校でも女子の注目の的らしいけれど、女嫌いというのも健在で、付き合っている人はいないとのことだった。
 でも私が告白したところで、振られるのは目に見えている。
 そう思ったけれど、彼と付き合うのが目的じゃない。私の想いを彼に伝えるのだ。結果はどうでもいい。いや、どうでもいいわけじゃないか。
 時々思い浮かべる。
 彼と楽しそうに歩いている自分。想像するのに結構苦労する。
 彼に振られて泣いている自分。これなら安易に想像できる。
 だけど、泣いている自分のために告白するんじゃない。私の気持ちを打ち明けないと、私自身がおかしくなってしまいそうだ。

 私は高校入学前の春休みに、告白を決行することにした。どうせなら早い方がいい。高校に入って、バタバタしてて、落ち着くのを待っていたら、いつになるかわからない。
 で、どうするかだ。
 私は彼の連絡先を知らない。絵梨香なら知っているかもしれないけれど、そんなことを相談するのも嫌だし。
 彼の家なら知っている。中学の時、絵梨香に連れられて彼の家の近くまで行ったことがある。彼が家から出てこないかなと、二人でしばらく眺めていたけれど、そんなに都合よくいくわけもなく、諦めて帰ってきた。
 もう一度、彼の家に行ってみよう。

 私は自分の部屋を出るとき、そして家を出るとき、行こうか止めようか、行こうか止めようか、その思考を何度も繰り返してから、やっと出かけた。
 彼の家の近くまで来てはみたものの、家のチャイムを鳴らす勇気はなくて、しばらくその辺をぶらぶらして帰ってきた。中学の時に惠梨香と来たのと同じ結末だ。
 こんなことをしていても埒が明かない。どうすればいいのだろう。私は数日、考えて過ごした。
 高校の入学式が済んだら学校で・・・・
 いやいや、とてもそんな勇気はない。周りの目がある。
 こうなったら彼の家に突撃だ。チャイムを鳴らして、彼が出てくれることの幸運を祈るしかない。

 そう意気込んで家を出てきたものの、彼の家の前まで来て足が動かなくなった。やっぱりチャイムを押す勇気がない。
 私は近くの壁際に立って待った。
 何を待っているのだろう。
 彼が家から出てきて、私を見つけてくれる幸運。
 このまま何事もなく時間が過ぎて、今日という日が終わること。
 明日から新学期が始まる。
 もし今日がダメだったら、諦めるつもりだった。これだけ頑張ったんだ。自分のできる事は目いっぱいやったつもり。これ以上は無理。
 でも、彼のことは好き。
 これからどうなっていくのかはわからない。
 ずっと片想いのまま、遠くから彼のことを眺めて幸せな気持ちでいるのだろうか。それとも別の好きな人ができるのかな。
 私はビルの陰に隠れようとしている太陽を見た。
 タイムリミットの日没まで、あと少し。

 もう帰ろう。そう思った時だった。
 彼だ。こっちに歩いてくる。
 まさか。どうしよう。本当に?
 どうしよう。
 今まで何度も心の中で練習してきたじゃない。
 でもダメだ。
 いけない、いけない。勇気を出すんだ。
 私は彼のところに駆け寄った。
「あの、すみません」
 できるだけ笑顔、笑顔。
 私はそれだけを自分に言い聞かせる。
 何を言ったらいいのか、わからなくなった。
 彼が私を見ている。
「私とお付き合いしてください」
 しまった。もっと違う言葉を言うはずだったのに。
 不審そうに私を見た彼は、そのまま家のほうに歩いていこうとする。
「私、高校に合格したら、あなたに告白したいと思っていました」
 できるだけ笑顔、笑顔。泣き出したい気持ちを必死になってこらえる。
 彼が足を止めた。
「中学生の時からあなたに憧れていました。あなたが高校に行ってから、私も同じ高校に入ると決めて、必死になって勉強しました。そして合格したら、絶対に想いを打ち明けるんだと決めていました」
 彼は怒ったような目で私を見ている。
 しまった。やめておけばよかった。
 急に涙が浮かんできて、もう抑えきれない。
「ごめんなさい」
 彼の顔が見られなくなって俯いた。
 彼はじっと動かずにいる。
 私もどうしていいのかわからなかった。
 でも、これで私の願いは叶えられたわけだ。
 私は彼の顔を見ることができずに、背を向けて帰ろうとした。
「待って」
 彼が言った。
「いきなりだったから、すぐに返事はできない。どんな答えになるかわからないけれど、必ず返事はするから、取りあえず連絡先を教えてくれ」
 私は必死になって涙をこらえながらスマホを取り出だした。

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