様々な恋の行方 短編集

原口源太郎

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憧れの人

憧れの人

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 男は通りに面した椅子に腰かけて、道行く人を眺めた。
 昼に近い時刻のこの辺りは賑やかで、人通りも多い。華やかな女性たち。賑やかな笑い声をあげて走り去っていく子供たち。
 まだ少年のあどけなさが残る男は、いつもその時間になるとそこに腰かけて通りを眺めた。どんなに店が忙しくても、その時だけは男の貴重な休憩時間だった。
 ハスキーな笑い声に、男はびくっとしたよう体を起こした。そして何気なく、ずっと遠くを見るようにして声の主を捜す。
 まともにその姿を見ることもできない。視線の隅にちらりと移り込む姿を、頭の中で再生して、あこがれの人だと確認する。
 声が近づいてくる。品のいい服を着た三人の娘たちだった。
 真ん中の娘は、目のぱっちりとした可愛い顔をしている。笑うとそれが一層可愛くなる。
 男の目当てはその娘だった。
 男と娘の目が合った。
 男は慌てて目をそらす。
 娘はちょっと微笑んで男の前を通り過ぎていった。
 今度はその娘の後ろ姿をずっと見つめていられた。
 そして一つため息をつくと、店を手伝うために奥へ入っていった。

 どうせ俺は小さな店の息子だ。あのお嬢さんと付き合えるわけがない。それをわかっているのに、馬鹿な男だ。
 男は自嘲した。
 それなのに毎日、同じ場所の椅子に腰かけて、店の前を通る娘を見ないわけにはいかない。
 こんな男と、あのお嬢さんとでは生まれも育ちも違う。それをわかっているのに。
 そしていつものようにため息をついて、自分の生まれを呪う。
 俺も武家に生まれたかったと。

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