様々な恋の行方 短編集

原口源太郎

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片想いの人

今度こそ言葉はでてくるはず

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 あなたが私の前を通り過ぎていく。
 私は勇気を出してあなたに声をかけようとした。
 だけど言葉は出てこなかった。
 私はあなたの背中を追いかけて歩き出した。
 あなたに追い付こうと、一生懸命足を動かしたけれど、あなたとの距離は広がっていくばかりだった。
 私は走り出した。それでも思うように足は動かずに、スローモーションのように進むだけだった。
 待って!
 そう声に出してあなたを呼び止めようとした。
 やっぱり私の口から言葉は出てこなかった。

 それが、私の見た初めてのあなたの夢。
 たった一度きりのあなたと私の夢。
 私はいつも現実の世界であなたを見ている。
 いつもの駅で、いつものドアから電車に乗るあなた。
 わずか一区間だけで降りてしまうから、あなたはいつもドアの近くに立っている。
 私は遠くからその姿を見ているだけ。

 五カ月前に、何かのイベントがあって、大勢の人が電車に乗り込んできたときがあった。
 私はその時、初めてあなたのことに気が付いた。
 あなたは大勢の人に押されるようにして、私の近くにやってきた。
 あなたの目を見た時、私はどきっとした。
 見たことのないような、澄んだ優しい目。
 それ以来、あなたは私の近くに来ることはなかったけれど、私はあなたの姿を探して、見つけて、見ているだけで嬉しかった。
 そして、話をしたことさえないあなたを好きになった。

 その日も、スピードを落としていく電車の中から、駅のホームの人混みにあなたの姿を探した。
 いつもより多くの人でホームはごった返していた。
 電車のドアが開く。
 あなたが入ってくる。
 その先の出来事が見えたような気がして、私は胸がどきどきした。
 思った通り、あなたは次から次へと電車に入ってくる人たちに押されて私のすぐ前までやってきた。

 私と目があった時、あなたは小さな声で言った。
「おはよう」
 最初、誰に言ったのかわからなかった。
 でも、あなたは私を見てそう言った。
 私は慌てて笑顔を作った。
 あなたは人の流れに身を任せて反対側を向き、壁を見つめる。
 私の心臓はさっきよりもずっと大きく鼓動した。
 あなたは私に声をかけてくれたの?
 もしかしたら、私の聞き違い?

 あなたの降りる駅はすぐにやってきた。
 あなたは私を見て、少し頭を下げた。そしてドアのほうへと歩いていった。
 やっぱりあなたは私のことを知っていたんだ。
 心臓のどきどきは止まらない。
 私は勇気を出すことにした。
 明日はあなたの乗るドアの近くにいよう。そして私からあなたに話しかけるんだ。
 今度こそ言葉は出てくるはず。
 だって、夢じゃないんだから。

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