様々な恋の行方 短編集

原口源太郎

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片想いの人

やっと君を見つけた

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 君の名前は何だったっけ?
 忘れてしまった。いや、知らない?
 まあ、そんなことたいした問題じゃないね。

 僕たちは海の中を歩いていた。
 巨大で白くて、とても綺麗なサンゴが目の前に広がり、色とりどりの魚がその上を泳いでいる。
 僕は君と手を繋いで、そのサンゴを一気に飛び越えた。

 あれ? 海の中ってそんなに軽やかに動けたのだっけ?
 そうだ、この前は二人で月に行っていたんだ。月でジャンプすると、どこまでも飛んでいってしまいそうだった。
 その時の感覚が残っていたんだ。

 僕は目が覚めた。
 目が覚めてから、さっきまで見ていた夢を思い出そうとした。
 二人だけで過ごした素晴らしい時間。
 だけど、大きな白いサンゴを飛び越えたところくらいしか覚えていない。海の中で、僕たちはたくさんの楽しいことをしていたはずなのに。
 僕は一生懸命になって覚えている場面を記憶に刻み付けた。

 夢を記録できたら、どんなにかいいのに。そうすれば君と過ごした大切な時間を知ることができる。何度も楽しむことができる。

 僕は朝食を食べ、支度をして家を出た。
 この頃は毎日のように夢の中で君に会う。二人で色々な場所に行った。
 密林のジャングルを彷徨い、広大な砂漠を駆け回った。嵐の孤島でキャンプをして、氷に閉ざされた大地を探検した。一緒に空を飛んだし、海の中を泳いだ。月にも一緒に行った。
 なのに僕は本当の君を知らない。
 夢に出てくるのだから、現実世界のどこかで君を見たことがあるはずだ。テレビの中の人なのだろうか? 昔の幼馴染なのだろうか? 
 いくら考えてもわからない。

 通勤の電車の中で、人波に流されるように、僕は奥へと追いやられた。
 その時に君を見つけた。
 それで思い出した。僕は電車の中で何度か君を見ていた。
 綺麗な人だなと思ったのは覚えている。
 それだけだった。
 無意識のうちに、君の記憶が頭の中で膨れ上がっていたのだろう。

 僕は思い切って君に声をかけた。
「おはよう」
 小さな声だったけれど、君は僕を見て、かすかにほほ笑んだ。
 僕はそれ以上、何も言えなかった。夢の中じゃ、たくさんのことを君と話しているのに。
 でも、夢は現実に続いているのかもしれない。
 ほんの少しずつでいい。
 明日も思い切って君に声をかけてみよう。
 僕はもう一度君を見て、軽く頭を下げてから電車を降りた。
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