様々な恋の行方 短編集

原口源太郎

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そして遠距離恋愛の後に

そして遠距離恋愛の後に

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 彼女が専門学校を卒業してパティシエとして働きだした頃に、僕たちは出会った。
 僕は役者を目指して、演劇の専門学校に通いながらアルバイトに明け暮れていた。
 お互い、忙しい時間をやりくりしては、一緒にいられる短い時間を作るのがやっとの日々だったけれど、それでも幸せだった。
 一緒に暮らすというつもりはなかった。自分たちが将来どうなるのか、はっきりとした確証がなかったからだ。
 でも、僕たちが付き合いだして二年がたち、恐れていたことがはっきりした。

 彼女の実家は地方の都市に古くからある小さな和菓子メーカーで、彼女は将来、実家を継ぐ勉強のために東京に出てきていた。
 老舗メーカーの数少ない従業員の一人だったベテラン職人が体調を崩して退職することになり、急きょ彼女は田舎に帰り、実家を手伝うことになった。
 その頃の僕は、テレビ関係のチョイ役に呼ばれたり、舞台に出させてもらったりする機会ができて、将来役者として生きていけるのではないかという手ごたえを感じている時だった。
 彼女は和菓子作りに様々なアイデアを持っていて、それを商品化して実家を盛り上げたいという夢を持っていた。

 僕たちの遠距離恋愛が始まった。
 彼女と頻繁に会えなくなったのは寂しいことだったけれど、時々はるばる会いにやって来る彼女のために、素敵なサプライズを用意したり、二人で行くためのまだ知らない素晴らしい場所を探すことがとても楽しかった。
 僕が彼女の実家に行ったこともあった。彼女はまだ試作段階だという、昔ながらの和菓子に洋菓子の要素を取り入れたものや、色や形を今の若い女の子が好みそうにアレンジしたものなどを見せてくれた。
 その時の彼女は、僕が今までに見たこともないほどキラキラ輝いていた。

 一年が過ぎる頃から、僕たちの遠距離恋愛のときめきはなくなっていった。
 そして、最後の彼女の訪問の時がやってきた。
 彼女は新しい和菓子を売り出し、それが地元で評判になっていた。さらに第二、第三の新商品も形になりつつあるところだった。
 僕は僕で、いよいよ役者として独り立ちできそうなところまで来ていた。
 お互い、自分の未来に向かって走ることに精一杯だった。

 僕と彼女は二人の最後の日を目いっぱい楽しんだ。
 彼女は一生懸命笑顔を作り、僕はその彼女の一生懸命に気付いていたけれど、知らないフリをした。
 その日の夕方、僕たちは無言で駅まで歩いた。
「さようなら」
 彼女は努めて明るく振る舞って言ったけれど、その声は今まで聞いたどんな『さようなら』よりも重く沈んでいた。
 改札を抜けて歩いていく彼女の細い背中を、僕は見送った。
 ふと足を止め、彼女が振り向いた。
 その姿が滲んで、ぼやけて、僕は思わず俯いた。
 顔を上げた時、彼女の姿はもうどこにも見あたらなかった。

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