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おさななじみ
おさななじみ
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私が生を受けた三日後に、お隣の家で美紀が生まれた。
私も美紀も一人っ子だったので、いつも一緒にいた。私が美紀の家に行ったり、美紀が私の家に来たり、毎日といっていいほどだった。
物心ついた時から、私は美紀をお嫁さんにすると言っていたらしい。私の記憶によると、多分それは正しい。
何年もそんな生活が続いたが、私が思春期を迎える頃から美紀と距離を置くようになった。
美紀はオープンな性格で、私に対する態度は昔から変わらないようだったが、私は美しい大人へと変わっていく美紀を意識しないわけにはいかなかった。
私は美紀の家に行くのをやめたが、美紀のほうは頻度が減ったとはいえ、よく家に来ては勉強をしたし、買い物や映画に私を引っ張り出した。
やがてお互い社会人になると、幼い頃のように二人で一緒にいることに何のこだわりもなくなった。
そして二十代も終わりに近づくころ、私は美紀に結婚を申し込もうと決めた。いつまでもこんな関係でいられないし、私は美紀のことを愛している。美紀も私のことを愛しているはずだ。
しかし、私がプロポーズをするより先に、美紀は結婚が決まったと私に告げた。
美紀に結婚の話があったことも、好きな人がいたことも知らなかった私は、とても驚いた。
私は泣かなかった。でも心の中で、涙の代わりにたくさんの雨が降った。
雨は数日降り続いて止んだ。
一人っ子だった美紀の家にやってきたのは、美しい美紀に釣り合うような二枚目の爽やかな夫だった。
夫を迎える美紀の笑顔を見て、また私の心に雨が降った。
もう私のところに来なくなってしまった美紀。彼女の幸せそうな様子を見るたびに、私の心に雨が降った。
やがて美紀は子供を産んだ。幼い頃の美紀に似たかわいらしい女の子だった。
その頃から、私の心に降る雨は止むことがなくなった。
歳を重ね、やがて美紀の子供たちは成人し、子供を産んだ。
美紀にとっての孫だった。
最近美紀の姿を見ていないなと思っていたある日、私は美紀に呼ばれた。
隣の家に行くと、私は美紀の部屋に通され、家族は出ていった。
美紀は痩せた顔でベッドに横たわっていた。
「お久しぶり」
美紀が笑顔を見せて言った。
「うん」
私はすっかり変わってしまった美紀に驚きながら、そう返事をするだけだった。
「私、癌なの。こんなになってから見つかったから、もう治らないと思う。あなたに会うのも、きっとこれが最後ね」
私は美紀の目を見つめた。何て言えばいいのかわからなかった。
「私、あなたに言いたいことがあるの。言うべきか言わないでおくべきか迷ったのだけど、どうせ死ぬのならさっぱりして死にたいし、お互い良い歳なんだから、言ったことに対して傷ついたり悩んだりすることもないだろうから」
美紀は昔と同じようにあっけらかんとした口調で話した。
「何だか重大な告白でもされそうだね」
「そう。そうなのよ。だから告白するわね。私、あなたのことが好きだった。いつかあなたは私に結婚を申し込んでくれる。そう思っていたの。でも、途中で気が付いた。あなたは私のことを友達か兄妹のようにしか思っていないって。だから私はあなたのことを好きでいなくなろうとしたの。でも駄目だった。それなりに幸せな生活だったけれど、いつも心の中にはあなたがいた。・・・・でも、もうそろそろ。六十年続いた片思いももう終わり。あなたに告白できたから、これで安心して死ねるわ」
美紀は私を見てもう一度微笑んだ。
「馬鹿なことを言うな。死ぬなんて早い」
私の心の中には何十年ぶりかに激しい雨が降っていた。
まるでテレビのドラマか、小説のようだと思った。
六十年の片思い。
いや、そうじゃない。私も美紀のことを六十年愛し続けてきた。お互いの想いが届かなかっただけだ。
私の心に降っていた雨は数日の時を経て、いつもの小雨に変わっていた。
自宅のドアを開けると、奥から小さな女の子が駆けてきた。
「お隣のおばあちゃん、いなくなっちゃったの?」
「うん。遠い場所へ旅立っていったよ」
私は孫娘を抱き上げながら言った。心に降る雨はそろそろ止むのだろうかと考えながら。
私も美紀も一人っ子だったので、いつも一緒にいた。私が美紀の家に行ったり、美紀が私の家に来たり、毎日といっていいほどだった。
物心ついた時から、私は美紀をお嫁さんにすると言っていたらしい。私の記憶によると、多分それは正しい。
何年もそんな生活が続いたが、私が思春期を迎える頃から美紀と距離を置くようになった。
美紀はオープンな性格で、私に対する態度は昔から変わらないようだったが、私は美しい大人へと変わっていく美紀を意識しないわけにはいかなかった。
私は美紀の家に行くのをやめたが、美紀のほうは頻度が減ったとはいえ、よく家に来ては勉強をしたし、買い物や映画に私を引っ張り出した。
やがてお互い社会人になると、幼い頃のように二人で一緒にいることに何のこだわりもなくなった。
そして二十代も終わりに近づくころ、私は美紀に結婚を申し込もうと決めた。いつまでもこんな関係でいられないし、私は美紀のことを愛している。美紀も私のことを愛しているはずだ。
しかし、私がプロポーズをするより先に、美紀は結婚が決まったと私に告げた。
美紀に結婚の話があったことも、好きな人がいたことも知らなかった私は、とても驚いた。
私は泣かなかった。でも心の中で、涙の代わりにたくさんの雨が降った。
雨は数日降り続いて止んだ。
一人っ子だった美紀の家にやってきたのは、美しい美紀に釣り合うような二枚目の爽やかな夫だった。
夫を迎える美紀の笑顔を見て、また私の心に雨が降った。
もう私のところに来なくなってしまった美紀。彼女の幸せそうな様子を見るたびに、私の心に雨が降った。
やがて美紀は子供を産んだ。幼い頃の美紀に似たかわいらしい女の子だった。
その頃から、私の心に降る雨は止むことがなくなった。
歳を重ね、やがて美紀の子供たちは成人し、子供を産んだ。
美紀にとっての孫だった。
最近美紀の姿を見ていないなと思っていたある日、私は美紀に呼ばれた。
隣の家に行くと、私は美紀の部屋に通され、家族は出ていった。
美紀は痩せた顔でベッドに横たわっていた。
「お久しぶり」
美紀が笑顔を見せて言った。
「うん」
私はすっかり変わってしまった美紀に驚きながら、そう返事をするだけだった。
「私、癌なの。こんなになってから見つかったから、もう治らないと思う。あなたに会うのも、きっとこれが最後ね」
私は美紀の目を見つめた。何て言えばいいのかわからなかった。
「私、あなたに言いたいことがあるの。言うべきか言わないでおくべきか迷ったのだけど、どうせ死ぬのならさっぱりして死にたいし、お互い良い歳なんだから、言ったことに対して傷ついたり悩んだりすることもないだろうから」
美紀は昔と同じようにあっけらかんとした口調で話した。
「何だか重大な告白でもされそうだね」
「そう。そうなのよ。だから告白するわね。私、あなたのことが好きだった。いつかあなたは私に結婚を申し込んでくれる。そう思っていたの。でも、途中で気が付いた。あなたは私のことを友達か兄妹のようにしか思っていないって。だから私はあなたのことを好きでいなくなろうとしたの。でも駄目だった。それなりに幸せな生活だったけれど、いつも心の中にはあなたがいた。・・・・でも、もうそろそろ。六十年続いた片思いももう終わり。あなたに告白できたから、これで安心して死ねるわ」
美紀は私を見てもう一度微笑んだ。
「馬鹿なことを言うな。死ぬなんて早い」
私の心の中には何十年ぶりかに激しい雨が降っていた。
まるでテレビのドラマか、小説のようだと思った。
六十年の片思い。
いや、そうじゃない。私も美紀のことを六十年愛し続けてきた。お互いの想いが届かなかっただけだ。
私の心に降っていた雨は数日の時を経て、いつもの小雨に変わっていた。
自宅のドアを開けると、奥から小さな女の子が駆けてきた。
「お隣のおばあちゃん、いなくなっちゃったの?」
「うん。遠い場所へ旅立っていったよ」
私は孫娘を抱き上げながら言った。心に降る雨はそろそろ止むのだろうかと考えながら。
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