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第四章

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「火を消せ!」
 源左衛門は怒鳴った。
 そして地面に置いた自らの提灯に刀を振り、火を消した。
 ポッ、ポッと周りの男たちの持つ提灯の明かりが消えていき、辺りは闇に包まれた。
 それでもまだかすかな明るさがある。
 浪人の男はじりじりと用心しながら源左衛門の姿を追った。
 ふたたび男が源左衛門に迫り、刀を振り下ろす。
 源左衛門はその刀をかわし、男の腕を斬った。
 怯んだところをさらに袈裟懸けに斬る。
 男は呻きを上げて倒れた。
「お見事」
 頭上で声がした。
 源左衛門はハッとして声のした方を見る。
 何かが屋根の上をすーっと走り、地上にふわりと下りた。そしてほとんど音もなく走り去っていった。
 それはいつか源左衛門が感じた得体の知れない気配と同じであった。

 ふたたび提灯に火が入り、たすき掛けに鉢巻き姿の侍たちが源左衛門に斬られた二人の男を改めた。
 最初に斬られた町人風の男は傷が浅く、抵抗するそぶりを見せていたが、侍たちに打ち据えられて大人しくなった。
 浪人者は絶命していた。
 源左衛門は丁寧に刀の血をぬぐい、鞘に納めた。
「失礼ですが、お名前は?」
 一人の侍が源左衛門に歩み寄り、声をかけた。
「原口源左衛門と申します」
「原口様!」
 そう言って別の侍が源左衛門のところに駆け寄った。
 その侍はいつか、源左衛門が稽古をしている古寺へ中川道場の使いとして訪れた鈴木一郎太であった。
「お噂には聞いていましたが、お見事です」
 そう言って一郎太は源左衛門に頭を下げた。

 翌日の夕方近くに、数人の侍が源左衛門の長屋を訪れた。目付け役の大村虎次郎に、知らない顔の侍が二人、それに大村たちを案内してきた与助の四人である。
 源左衛門は部屋に上がるようにすすめたが、大村たちは入り口に立ったまま話をした。
「昨日の働き、まことに見事であったと聞きました」
 話をするのは大村である。彼もまた、源左衛門に対する口調が改まっていた。
 源左衛門が昨夜遭遇したのは、三河屋に押し入った強盗団一味であった。他藩に逃げたと思わせておいて、実は赤吹城下に潜んでいたのである。三河屋押し入りの一年後にもう一度赤吹郊外の村の庄屋を襲ってから、遠くの地へ逃げるというのが強盗団の計画であった。
 しかし赤吹藩の隠密の捜索により、強盗団の居場所と計画が探り出され、昨夜、一味の隠れ家に踏み込んだのである。
 しかし強盗団の中には伊賀者と思われる者数名と腕の立つ浪人がいて、踏み込む直前に強盗団一味は逃げた。その時に藩士数名が伊賀者と浪人によって斬り殺されていた。
 伊賀者と浪人は殺され、他の強盗団一味は生け捕られた。
 そのようなことを大村は源左衛門に伝えた。
「浪人者によって有能な若い五名が斬られました。原口殿がいなければ、こちらの被害はもっと甚大なものになっていたかもしれません」
 そう言ってから、大村は改めて源左衛門に礼を言った。
 そのあと、大村は後ろに控えていた侍に合図をした。
 侍は細長い包みと、小さな包みの二つを源左衛門の前に置いた。
「これは藩主様に近いお方から、原口殿にお届けするようにと承ってきました」
 源左衛門が包みを解く前に大村たちは帰っていった。
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