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第三章

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 中川の道場を訪れたさらに数日後の朝のことである。
 隣の部屋がやけに騒がしい。隣の部屋だけではない。長屋のあちこちで人の話し声や怒鳴り声までする。

 源左衛門は米形の家を出て気が付いたのであるが、粗末な壁やふすまで仕切られただけの宿に泊まったり、薄い壁の向こうに隣人がいる長屋で暮らしてみると、影風流のために鍛えてきたものが、逆にとても邪魔になるのである。見ているわけではないのに、まるでその場で見ているかのように、源左衛門には隣人の動きが逐一わかってしまう。
 これはいけないと思い、何とかしようと努めてきた。幸い、掛浜にいるときには小さいながらも一軒家を借りられたが、尾張ではここと同じように長屋を借りて住んだ。やはり薄い壁で仕切られただけの簡単な造りで、両隣の話し声や物音がとてもよく聞こえてきた。
 数日間、両隣の物音に悩まされた挙句、源左衛門はひとつの方法を編み出した。
 それは頭の中の真ん中に玉を置き、磨くのである。玉を磨いている間はそのことに集中し、外部の物音を遮断することができる。初めはうまくいかなかったが、一年間の尾張の生活でその技をしっかり習得することができた。
 雪乃にも勧めてみたが、「私には必要ありません」と言って笑うのみであった。
 隣の部屋から大きな声が聞こえてきたそのときも、源左衛門は玉を磨いて心の耳に栓をしようかと迷った。
 しかしその声はどう見ても普通とは違う状況を示していたので、物音でお隣の状況を探るよりも、直接出向くことにした。
 源左衛門が土間に下りようとした時、外に人の気配がして、戸を叩く音がした。
「ごめん」
「はい」
 源左衛門は返事をして戸のつっかい棒を外した。
 外には侍がいた。

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