18 / 26
第三章
8
しおりを挟む
中川の道場を訪れたさらに数日後の朝のことである。
隣の部屋がやけに騒がしい。隣の部屋だけではない。長屋のあちこちで人の話し声や怒鳴り声までする。
源左衛門は米形の家を出て気が付いたのであるが、粗末な壁やふすまで仕切られただけの宿に泊まったり、薄い壁の向こうに隣人がいる長屋で暮らしてみると、影風流のために鍛えてきたものが、逆にとても邪魔になるのである。見ているわけではないのに、まるでその場で見ているかのように、源左衛門には隣人の動きが逐一わかってしまう。
これはいけないと思い、何とかしようと努めてきた。幸い、掛浜にいるときには小さいながらも一軒家を借りられたが、尾張ではここと同じように長屋を借りて住んだ。やはり薄い壁で仕切られただけの簡単な造りで、両隣の話し声や物音がとてもよく聞こえてきた。
数日間、両隣の物音に悩まされた挙句、源左衛門はひとつの方法を編み出した。
それは頭の中の真ん中に玉を置き、磨くのである。玉を磨いている間はそのことに集中し、外部の物音を遮断することができる。初めはうまくいかなかったが、一年間の尾張の生活でその技をしっかり習得することができた。
雪乃にも勧めてみたが、「私には必要ありません」と言って笑うのみであった。
隣の部屋から大きな声が聞こえてきたそのときも、源左衛門は玉を磨いて心の耳に栓をしようかと迷った。
しかしその声はどう見ても普通とは違う状況を示していたので、物音でお隣の状況を探るよりも、直接出向くことにした。
源左衛門が土間に下りようとした時、外に人の気配がして、戸を叩く音がした。
「ごめん」
「はい」
源左衛門は返事をして戸のつっかい棒を外した。
外には侍がいた。
隣の部屋がやけに騒がしい。隣の部屋だけではない。長屋のあちこちで人の話し声や怒鳴り声までする。
源左衛門は米形の家を出て気が付いたのであるが、粗末な壁やふすまで仕切られただけの宿に泊まったり、薄い壁の向こうに隣人がいる長屋で暮らしてみると、影風流のために鍛えてきたものが、逆にとても邪魔になるのである。見ているわけではないのに、まるでその場で見ているかのように、源左衛門には隣人の動きが逐一わかってしまう。
これはいけないと思い、何とかしようと努めてきた。幸い、掛浜にいるときには小さいながらも一軒家を借りられたが、尾張ではここと同じように長屋を借りて住んだ。やはり薄い壁で仕切られただけの簡単な造りで、両隣の話し声や物音がとてもよく聞こえてきた。
数日間、両隣の物音に悩まされた挙句、源左衛門はひとつの方法を編み出した。
それは頭の中の真ん中に玉を置き、磨くのである。玉を磨いている間はそのことに集中し、外部の物音を遮断することができる。初めはうまくいかなかったが、一年間の尾張の生活でその技をしっかり習得することができた。
雪乃にも勧めてみたが、「私には必要ありません」と言って笑うのみであった。
隣の部屋から大きな声が聞こえてきたそのときも、源左衛門は玉を磨いて心の耳に栓をしようかと迷った。
しかしその声はどう見ても普通とは違う状況を示していたので、物音でお隣の状況を探るよりも、直接出向くことにした。
源左衛門が土間に下りようとした時、外に人の気配がして、戸を叩く音がした。
「ごめん」
「はい」
源左衛門は返事をして戸のつっかい棒を外した。
外には侍がいた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
妹が公爵夫人になりたいようなので、譲ることにします。
夢草 蝶
恋愛
シスターナが帰宅すると、婚約者と妹のキスシーンに遭遇した。
どうやら、妹はシスターナが公爵夫人になることが気に入らないらしい。
すると、シスターナは快く妹に婚約者の座を譲ると言って──
本編とおまけの二話構成の予定です。
国一番の淑女結婚事情〜政略結婚は波乱の始まり〜
玉響
恋愛
美しい容姿と教養の深さ、そして控えめな性格と完璧な立ち振る舞いから『国一番の淑女』と謳われるアルフォンシーナ・パルヴィス伯爵令嬢はまさに今、神の前で夫婦の誓いを交わそうとしていた。
相手は、無類の女好きとして有名なベルナルド・シルヴェストリ侯爵。
類稀な美貌に恵まれた彼は、多くの女性と浮名を流し、派手な暮らしぶりをしているで有名で、陰では『遊び人侯爵』などという不名誉な名で呼ばれている男だ。
しかもこの結婚はベルナルドの素行の悪さに頭を悩ませた国王の命令による結婚であり、当人の意思など全く伴っていない、文字通りの政略結婚。
だが、たとえ愛し合って夫婦となったのではなくても、妻として夫を敬い、慈しみ、尽くすことーーー。
両親から言い含められた通り、ベルナルドに寄り添い、生きていくことを心に誓うアルフォンシーナだったが、結婚式を終えた彼は、屋敷に彼女を送り届けた後、友人達と娼館へ出掛けてしまいーーー?
稀代の大賢者は0歳児から暗躍する〜公爵家のご令息は運命に抵抗する〜
撫羽
ファンタジー
ある邸で秘密の会議が開かれていた。
そこに出席している3歳児、王弟殿下の一人息子。実は前世を覚えていた。しかもやり直しの生だった!?
どうしてちびっ子が秘密の会議に出席するような事になっているのか? 何があったのか?
それは生後半年の頃に遡る。
『ばぶぁッ!』と元気な声で目覚めた赤ん坊。
おかしいぞ。確かに俺は刺されて死んだ筈だ。
なのに、目が覚めたら見覚えのある部屋だった。両親が心配そうに見ている。
しかも若い。え? どうなってんだ?
体を起こすと、嫌でも目に入る自分のポヨンとした赤ちゃん体型。マジかよ!?
神がいるなら、0歳児スタートはやめてほしかった。
何故だか分からないけど、人生をやり直す事になった。実は将来、大賢者に選ばれ魔族討伐に出る筈だ。だが、それは避けないといけない。
何故ならそこで、俺は殺されたからだ。
ならば、大賢者に選ばれなければいいじゃん!と、小さな使い魔と一緒に奮闘する。
でも、それなら魔族の問題はどうするんだ?
それも解決してやろうではないか!
小さな胸を張って、根拠もないのに自信満々だ。
今回は初めての0歳児スタートです。
小さな賢者が自分の家族と、大好きな婚約者を守る為に奮闘します。
今度こそ、殺されずに生き残れるのか!?
とは言うものの、全然ハードな内容ではありません。
今回も癒しをお届けできればと思います。
【完結】殿下、私ではなく妹を選ぶなんて……しかしながら、悲しいことにバットエンドを迎えたようです。
みかみかん
恋愛
アウス殿下に婚約破棄を宣言された。アルマーニ・カレン。
そして、殿下が婚約者として選んだのは妹のアルマーニ・ハルカだった。
婚約破棄をされて、ショックを受けるカレンだったが、それ以上にショックな事実が発覚してしまう。
アウス殿下とハルカが国の掟に背いてしまったのだ。
追記:メインストーリー、只今、完結しました。その後のアフターストーリーも、もしかしたら投稿するかもしれません。その際は、またお会いできましたら光栄です(^^)
ただのFランク探索者さん、うっかりSランク魔物をぶっとばして大バズりしてしまう~今まで住んでいた自宅は、最強種が住む規格外ダンジョンでした~
むらくも航
ファンタジー
Fランク探索者の『彦根ホシ』は、幼馴染のダンジョン配信に助っ人として参加する。
配信は順調に進むが、二人はトラップによって誰も討伐したことのないSランク魔物がいる階層へ飛ばされてしまう。
誰もが生還を諦めたその時、Fランク探索者のはずのホシが立ち上がり、撮れ高を気にしながら余裕でSランク魔物をボコボコにしてしまう。
そんなホシは、ぼそっと一言。
「うちのペット達の方が手応えあるかな」
それからホシが配信を始めると、彼の自宅に映る最強の魔物たち・超希少アイテムに世間はひっくり返り、バズりにバズっていく──。
☆10/25からは、毎日18時に更新予定!
とある令嬢の勘違いに巻き込まれて、想いを寄せていた子息と婚約を解消することになったのですが、そこにも勘違いが潜んでいたようです
珠宮さくら
恋愛
ジュリア・レオミュールは、想いを寄せている子息と婚約したことを両親に聞いたはずが、その子息と婚約したと触れ回っている令嬢がいて混乱することになった。
令嬢の勘違いだと誰もが思っていたが、その勘違いの始まりが最近ではなかったことに気づいたのは、ジュリアだけだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる