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第一章
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影風流は新陰流を学んだ小笠原宗善によって創始された。米形郊外のあばら屋で、しんしんと降り積もる雪の音を聞きながら影風流を編み出したと言われている。
宗善には三人の弟子がいて、山本竜安もその中の一人であった。竜安は宗善から免許皆伝を許されると、影風流の素晴らしさを広めるために米形城下に道場を構えた。藩主の援助を受けた山本道場は大いに栄えた。
影風流の特徴は視覚以外の感覚を養い、研ぎ澄ませていくことにある。山本道場に入門し剣術を学ぼうとする者は、剣術の基本を学ぶと同時に感覚を鍛える訓練も始める。具体的には道場の壁際に正座し、目を閉じるだけである。どれほどの時を目を閉じたまま過ごすかは決められていない。本人が決めるのである。瞑想するのではない。周りの音を聞き、感じるのである。
人の声を聞いて、そこに誰がいるのかを知ることはできる。やがて足音、衣擦れの音を聞くだけで誰が何をしているのかがわかるようになる。時々、耳にも栓をして塞ぎ、微かに聞き取れる音や肌に触れる響きだけで周りの動きを感じる訓練も行われた。
剣術においては新陰流を基本としていたが、時には目隠しをしての素振り、上級者になると目隠しをしての型の組稽古も行われた。
それは見えないところにいる敵、例えば背後から迫る相手をかわすためのもの、あるいは夜の闇での戦いを想定したものであった。
影風流を極めれば、飛んでくる矢や手裏剣の類もかわせるようになると言われている。
源左衛門がまだ師範代になる前に、師である山本竜安に尋ねたことがある。
「影風を極めれば飛来する矢をかわすことができるとお聞きしました。先生は何本の矢なら同時に飛来する矢をかわすことができますか?」
「ははは、一本もかわせまい」
それが竜安の答えであった。
「もちろん、どこからかわからないとしても矢が放たれると知らされていれば、あるいはそのような場面で気を張っていれば、一本や二本の矢ならかわすことができるであろう。しかし例えば目の前に敵を相手にしている時に矢を放たれたとして、果たしてかわすことができるであろうか」
そこで言葉を切り、師匠はまだ若い源左衛門の目をじっと見つめた。
「お前なら三本の矢、五本の矢でもかわすことができるようになるかもしれない。せいぜい修行に励みなさい」
そう言って竜安はまた笑った。
山本竜安は影風流を極めた者だけが使うことのできる必殺の剣を編み出したと言われている。いずれ道場を継いだ源左衛門に伝授されるはずの奥義であった。
しかし源左衛門はその奥義がどのようなものか知らないまま師の元を離れてしまった。
宗善には三人の弟子がいて、山本竜安もその中の一人であった。竜安は宗善から免許皆伝を許されると、影風流の素晴らしさを広めるために米形城下に道場を構えた。藩主の援助を受けた山本道場は大いに栄えた。
影風流の特徴は視覚以外の感覚を養い、研ぎ澄ませていくことにある。山本道場に入門し剣術を学ぼうとする者は、剣術の基本を学ぶと同時に感覚を鍛える訓練も始める。具体的には道場の壁際に正座し、目を閉じるだけである。どれほどの時を目を閉じたまま過ごすかは決められていない。本人が決めるのである。瞑想するのではない。周りの音を聞き、感じるのである。
人の声を聞いて、そこに誰がいるのかを知ることはできる。やがて足音、衣擦れの音を聞くだけで誰が何をしているのかがわかるようになる。時々、耳にも栓をして塞ぎ、微かに聞き取れる音や肌に触れる響きだけで周りの動きを感じる訓練も行われた。
剣術においては新陰流を基本としていたが、時には目隠しをしての素振り、上級者になると目隠しをしての型の組稽古も行われた。
それは見えないところにいる敵、例えば背後から迫る相手をかわすためのもの、あるいは夜の闇での戦いを想定したものであった。
影風流を極めれば、飛んでくる矢や手裏剣の類もかわせるようになると言われている。
源左衛門がまだ師範代になる前に、師である山本竜安に尋ねたことがある。
「影風を極めれば飛来する矢をかわすことができるとお聞きしました。先生は何本の矢なら同時に飛来する矢をかわすことができますか?」
「ははは、一本もかわせまい」
それが竜安の答えであった。
「もちろん、どこからかわからないとしても矢が放たれると知らされていれば、あるいはそのような場面で気を張っていれば、一本や二本の矢ならかわすことができるであろう。しかし例えば目の前に敵を相手にしている時に矢を放たれたとして、果たしてかわすことができるであろうか」
そこで言葉を切り、師匠はまだ若い源左衛門の目をじっと見つめた。
「お前なら三本の矢、五本の矢でもかわすことができるようになるかもしれない。せいぜい修行に励みなさい」
そう言って竜安はまた笑った。
山本竜安は影風流を極めた者だけが使うことのできる必殺の剣を編み出したと言われている。いずれ道場を継いだ源左衛門に伝授されるはずの奥義であった。
しかし源左衛門はその奥義がどのようなものか知らないまま師の元を離れてしまった。
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