グルドフ旅行記

原口源太郎

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グルドフ旅行記・10 靴職人レンダルの非日常な出来事

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 マットアン王国は三つの領地に分かれている。中央の地域をマットアン王国の王が直接支配し、東部をマドゥの城主、ルク・マットアン、西部をマゼルの城主、アレクサンダン・マットアンが支配していた。数週間前に赤ちゃんたちが誘拐される事件があったドーアンの村はアレクサンダンの支配地域にあった。
 靴職人のレンダルは領主アレクサンダンの住むマゼル城があるマゼルの町から出ることはほとんどなかった。靴作りの修行をしている頃、師匠である父と共に国内の有名靴工房を何軒か見学して旅したことがあるのみだった。
 今回の靴の配達先はマゼルの町内に一軒、あとは隣町のウォースターに二軒だった。
 早速レンダルは旅の用意をソンシュに頼んだ。町の外に出るのは二十年ぶり以上になるので家には何もなかったし、何を揃えたらいいのかもわからなかった。
 ソンシュに翌日の旅の用意を頼んだ後で、マゼルにある靴の配達先に向かった。
 地図を手にあちこちを歩き回り、やっと目的の家を見つけてレンダルは大きなため息を吐いた。
 ドアをノックすると、中から男が顔を出した。
「やや! レンダルさん」
「ご注文を頂いていた靴を持ってきました」
 レンダルはにこやかに言った。十日ほど前に足の採寸で会っていたので、顔は覚えていた。
「おい! 靴が来たぞ! 近所の人達を呼んできてくれ!」
 男は家の中に向かって大きな声を張り上げた。
「どうしたんですか?」
 レンダルは怪訝そうに尋ねた。
「あなたの靴が出来てきたら、近所の人達に見せてあげると約束してあったものですから。まさかレンダルさんが靴を持ってきて下さるなんて」
 男は感動した面持ちで話し、その横を女房らしき女が挨拶もそこそこにすり抜けて外へと飛び出していった。
「さ、中へ」
 男に言われてレンダルは家の中に入った。
 椅子に座り、荷解きをしている間に男がお茶を入れる用意をした。
「たいしたものもなくて恐縮です」
「いえ、お構いなく。靴を届けに来ただけですから」
 そう言ってレンダルは靴の入った箱をテーブルの上に置いた。
「どうぞ、開けてみて下さい」
 レンダルは催促した。
「少々お待ちを」
 男が言った。
 そうしているうちに、何人もの人たちがぞろぞろと部屋に入ってきた。皆、テーブルの上の箱を興味ありげに見ている。
 部屋が人でいっぱいになる頃、男はやっと口を開いた。
「今日、レンダルさんの靴が届きました。予約してから十一年と三カ月と何日か。やっと靴が出来上がったのです。しかも靴を届けて下さったのはレンダルさんご本人なのです」
 そう言って男は椅子に座るレンダルを皆に紹介した。
 部屋の中の者たちが驚きと感嘆の目でレンダルを見た。

 レンダルは自らの手で男に靴を履かせた。
 王様や領主様、その縁者など特別な方に靴を作った時は、レンダルが靴を履かせて仕上がりの状態を確認する。しかし一般の人の靴は商人が届けるので、その後がどうかは知らない。
 男の足の状態は数日前に採寸した時と同じで、靴は完璧に男の足に収まり、レンダルは大いに満足した。
 レンダル以上に満足したのは客の男で、履かせてもらった靴で観客をかき分けて部屋の中を歩き回り、感激に目を潤ませてお礼を言った。
 レンダルは代金を頂くと、忙しいからと断りを入れて、感動の中にいる人々を残して早々にその家から退却した。
 王様や領主様からはよく感謝の言葉を頂いていたが、一般のお客のそんな態度を見るのは初めてだったので、レンダル自身もそのことに感動して家に帰った。
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