グルドフ旅行記

原口源太郎

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グルドフ旅行記・6 年老いた武道家

若い武道家

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 久しぶりに数日、精神を張り詰めた日々を過ごしたためか、ポポンはすっかり体調を崩してしまった。
 ポイの町を出て半日も歩いた頃、ポポンは気分が悪いと言い出したので、そこからマットアンの町方向にある最も近いスーズという町で休むことにした。
 その日は町の小さな宿に泊まったが、ポポンの体調はますます悪くなり、翌日も一日中、宿のベッドに寝ていた。
 グルドフにとっても、ここ数日間は色々なことがあり、思いのほか疲れていたので、その日はポポンの看病をしながらごろごろして過ごした。
 その翌日になるとポポンの体調はだいぶ回復したが、大事を取ってもう一日、宿にいることにした。
 ポポンの様子を見守る必要がなくなったグルドフは町に出た。
 ポイは大きな町だったが、スーズは町とも村とも呼べそうな小さな町だった。
 ぶらぶらと町を歩いていたグルドフは、小さな道場を見つけた。
「おや、こんな小さな町に道場があるとは珍しい」
 グルドフは早速、訪ねてみることにした。
「ごめん下さいまし」
 中に入って声をかけると、稽古着の若い男が現れた。
「通りすがりの旅の者ですが、ちょっと見学させてもらってもよろしいですかな?」
「はい。どうぞ」
 若い男が言った。奥でカン、カンと木刀を打ち合わせる音がする。
 それほど広くない道場で若い二人の男が打ち合っていた。
「私はこの道場で剣術を教えているイワンと申す者であります。あなたも剣術をするのでありますか?」
 グルドフに対応に出た男が言った。
 グルドフはその日、町の中をぶらぶらと歩くつもりだけだったので、剣も木刀も持っていなかった。
「私はつい最近までゲルグ王国で勇者をしておりまして・・・・」
「ゲルグ王国? はっ。そのちょび髭! もしかしたらあなた様は勇者グルドフ殿ではありませんか?」
「今は引退しましたので勇者ではありませんが、グルドフです。剣術に目がないもので、道場を見るとついお邪魔したくなってしまいまして。申し訳ありませんな」
「いえいえ、とんでもない。どうぞ、大歓迎です。でも、なぜこのようなひなびた町の道場へ?」
「たまたまこの町に滞在することになりまして。ぶらぶらと通りを歩いておりましたところ、この道場が目に入りましたので、ちょっと寄らせていただきました」
「そうでありますか。もしよろしければ、手ほどきをお願いできませんか?」
「私は構いませんよ。というより、しばらく道場稽古から離れておりまして、できれば久しぶりに汗を流してみたいと思っていたところです」
「私は道場主として少ないながらも弟子を持ち、稽古をつけている身ではありますが、はっきり申し上げて、それほど腕がたつわけではありません。どうぞご指導のほど、よろしくお願い致します」
「まあ、そうかしこまらずに。気楽にやりましょう」
 グルドフは素直なこの若い道場主に好感を持った。

 稽古というより、実戦さながらの激しい打ち合いが続いた。
 若い武道家は汗まみれで、着ている稽古着もびしょ濡れになるほどだった。
 グルドフも少し汗をかいていたが、服が汗で濡れるほどではなかった。
 はあはあと荒い息を吐くイワンという武道家は、木刀を杖のようにして立ち、グルドフに頭を下げた。
「ご指導ありがとうございました」
「あなたたちもいかがですかな?」
 グルドフは壁際に座って二人の稽古を見ていた、若いイワンの弟子たちに声をかけた。
「とんでもないです。見学させていただいただけで、とてもいい勉強になりました」
「私もです」
 二人の弟子は答えた。
「このような方に稽古をつけてもらうことなど、一生のうちに一度だけかもしれません。ぜひ、指導してもらいなさい」
 あふれ出る汗をぬぐいながら師匠のイワンが言った。
 若い二人は顔を見合わせた。
「それでは」
 一人が立ち上がった。

 夕方、グルドフは上機嫌で宿に帰ってきた。
「おや、楽しそうだね。おいしい食事の店でも見つけたかね?」
「いえ、小さな道場を見つけました」
「ほう、そなたはおいしい食事よりも剣術のほうが好きだからなあ」
「お体のほうはいかがですか?」
「もうすっかり良くなったよ。もうすぐマットアンだっていう所まで来たのに、悪かったね」
「いえいえ、おかげで久しぶりに道場稽古を行うことができました。あと二日でマットアンの町に着けます。慌てずに行きましょう」
「そうだね」
 そう言うと、ポポンはベッドから降りて「イチ、ニ、イチ、ニ」と体操を始めた。
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