喰われる

原口源太郎

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 旧道に降り、安堵して上空を見上げた。
 空はまだ明るかったが、日はすでに沈んでいた。夜はすぐそこに迫っている。
 落ち葉に覆われ、ジメジメして苔むした道を歩いた。障害物の多い山の中とは比べ物にならないほど歩きやすかった。その代わりに、今まで脇に追いやられていた足の痛みがやって来て私を支配した。
 一刻も早く山を降りたいという思いに駆られて必死になって歩いたが、思いとは裏腹に歩みは遅かった。
 右足を引きずるようにして歩いた。なにか杖の代わりになるものはないかと探したが、いい木は見つからなかった。
 少し上ったところで峠のトンネルに着いた。それを抜ければあとはほとんど下りの道になるだろう。
 狭くて明かりもないトンネルだったが、半分に切り取った楕円の出口が向こう側に見えた。暗くなる前に抜けてしまいたいと考えながらトンネルに入った。

 少し歩くと、トンネルの中は一段とひんやりとした湿気の多い空気に満たされていた。小型のライトをつける。
 下は水たまりがあちこちにあり、壁の黒いコンクリートは苔で覆われている。
 トンネルの冷気のためか、ゾクゾクとした寒気を感じ、必死になって足を動かした。ライトで足元を照らしていたが、見つめるのはトンネル内の漆黒と同化しようと徐々に色を濃くしている出口だ。
 私はなんとしてもその出口が見えているうちにそこにたどり着きたいと、歯を食いしばって歩いた。

 トンネルの中ほどまで来た時は、すでに出口が判別できないほど外は暗くなっていた。振り返って今来た方向を見ても同じだった。
 足を引きずるズルズルという音がトンネル内に不気味に響く。天井からは時折ポタポタと滴が落ちてくる。
 トンネルの丁度真ん中辺りだからだろうか、先程より一層冷気を増した空気が頬に触れる。カビか苔の湿った匂いが鼻を突く。
 何かわからない恐怖に駆られて私は走り出したかった。
 頭上で何かが動いたような気がした。
 ライトを天井に向ける。
 半円形の天井は真っ黒いコンクリートだ。
 照らし出された黒い天井がゆっくりと動いた。
 私は何かと目を凝らした。
 黒いものが波のように動き出す。
 私は怖くなって足を引きずりながら走った。
 何かが頭上から落ちてきた。
 黒い砂のようなもの。
 もう一度ライトを天井に向ける。
 うごめく天井が追いかけてきて私の上でばらばらと落ちる。
 私は走った。この恐怖から逃れようとした。
 落ちてくる砂はたちまち数を増して私に降り注いでくる。それらは手や顔に張り付く。
 それを振り払ったが砂はザーザーと流れるように落ちてきた。
 砂に触れたところがチクチクと痛い。
 砂は服の中にも入り込んできた。体中がチクチクチクチクと痛い。
 体を覆う程の黒い砂は鼻や耳、口からも入り込んできた。振り払っても振り払っても拭いきれない。
 全身が激しい痛みに襲われる。
 あまりの痛みに立っていられなくなり倒れた。
 冷たい水溜りの中で、体中に取り付いたものを振り払おうと藻掻く。
 そして気がついた。
 黒い砂は小さな虫だ。そして私はそいつらに喰われている。

 私のすべてが終わった。


                終わり
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