微笑

原口源太郎

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第二章

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 雅彦は翔太の死からまた、眠れなくなった。眠くならなくなった。そして頭の芯から疼いてくるような頭痛が収まることがなくなった。それは三年前の失われた記憶を思い出そうとすると起きる痛みと同じだった。その時のことを考えようとすると、頭痛はより一層激しくなり、目が回って吐き気までするほどだった。
 夜の眠れない布団の中で、雅彦はあれこれと考えて時間を潰した。
 誰が犯人なのだろう。頭にこびりついて離れらないのは、のっぺらぼうの男だ。本当にのっぺらぼうの男がいるはずがない。雅彦がその男を見たのは一度だけだ。それも一瞬、すれ違っただけで、顔も体つきも、その時の服装もはっきり見たわけではない。ただその時に体中に走った悪寒の印象が強烈だった。雅彦の頭の中には、のっぺらぼうの男が、実在の人物として離れられずにいた。
 では、のっぺらぼうの男が犯人だとしたら、その動機は? あれほど酷いことをした理由は何なのだろう。それがわからなかった。男が誰かもわからないのに、動機や理由を考えてみても無駄なことだった。
 他に怪しい人物はいるのか? 今の会社の誰かか? 雅彦は人の恨みを買うようなことをした覚えがない。仕事関係だけでなく、親戚、友人、近所の人達。息子を殺されるほどの仕打ちを受けるような恨みを持つ人物はどうしても思い当たらなかった。恨みというのは本人が知らないうちに持たれている場合もある。それが殺人を行うほどの強い恨みになることもあるのだろうか?
 ふと以前に勤めていた会社の社長のことが頭に浮かんだ。村田というその男は、強気な男で、いつも自信に溢れていた。強すぎて雅彦とは反りが合わなかったが、村田は雅彦を大いに買っていた。村田が苦労して作り上げてきた会社を三年前に潰したのは雅彦みたいなものだった。あの時、あのリゾートのイベント企画が採用されていれば、会社は大いに躍進を遂げていたに違いない。
 今、村田は全く別の事業をしていると聞いた。それが上手くいっているのかはわからないが、前の会社のことで、村田は雅彦に恨みを持っているのかもしれない。それほど度量の狭い男ではなかったと思うが、感情が高ぶると抑制が利かなくなるほど激しい男だった。
 他に雅彦が恨みを買いそうな男といったら、誰がいるだろう。少年時代の事はよく覚えていないし、関係もないだろう。誰かをいじめたということもない。大学の時の友人は良い奴ばかりだった。一人、雅彦にとっては好きになれない男がいたが、その男は雅彦に対してそうではなかったと思う。色々なスポーツを楽しむという同じサークルに入っていた中島という男で、始めのうちは気が合い、よく二人で遊びに行っていたりしたが、中島は雅彦より何でも少し上で、やがて雅彦のほうから離れていった。講義での教授の受けは良く、スポーツ全般を楽しんでいたサークルでテニス、スキー、ボーリング、ゴルフといったものは全て雅彦よりは少しずつ上手かった。車もいい車を持っていて、女の子の受けもよく、あまり他人に対して感情的にならない雅彦だったが、いつも中島の引き立て役のようになっていると感じ、中島にだけは妬みに似た意識を持っていた。ただ、中島は雅彦に対して二人が疎遠になってからも気軽に声をかけ、中島が雅彦に対して恨みを持つとは考えられなかった。
 あと考えられるのは、三年前の失われた記憶の時のことだ。仕事に行き詰ったくらいで自殺をするほど雅彦は弱くない。自殺をしなければならなかった何かが失われた記憶の中にあるはずだ。それが何かを思い出せれば。
 雅彦は激しい頭痛に襲われた。考え事をしている間も頭痛は頭の中にあったが、三年前の事を思い出そうとすると、頭痛は三倍にも四倍にも痛みを増して雅彦を襲った。雑巾のように頭をぎゅっと絞られるようだった。
 雅彦は慌てて思考を別の方向へ持っていった。もう二度と重要な手がかりが隠されている付近に近寄れないような気がした。
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