微笑

原口源太郎

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第一章

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 雅彦は寝不足のためか、常に微かな頭痛を持つようになった。こめかみの辺りが四六時中ズキズキする。夢に対する恐れ、夜の眠りに対する怯えのためかもしれなかった。
 だが、妙子と子供達の前では決してそんな様子を見せないようにした。妙子も同じように子供たちの前では不安の一つも見せない、いつも同じ姿を演じきっている。二人がそうするのは、もちろん子供たちのためだった。有希と翔太は明らかに一カ月前とは違って、元気が無くなっていた。精神的なダメージを心に背負い込んでいる。
 二人の子供のことは時間が解決してくれると思っていた。ただ、精神的ダメージによる性格の歪みが一生残ることがないように、できるだけ早く以前の自分を取り戻させなければいけないと思った。そのために雅彦は何でもするつもりだった。これ以上二人の子供に影響を及ぼす事件を起こさせるわけにはいかなかった。

 日曜日に、雅彦は二人の子供と近くの公園に出かけた。建売の家々に囲まれた小さな箱庭のような公園だったが、高いフェンスが公園の周りにぐるりと張り巡らされていて、三人でサッカーボールを蹴って遊んだ。
 翔太はキャッキャッと騒ぎながらどたどたと走りまわり、ボールをはちゃめちゃな方向に蹴飛ばしては喜んでいた。有希はそれほど夢中になれないようだったが、それなりにボール遊びを楽しんでいるようだった。近所の子供たちが加わり、簡単なルールを作ってゲームをし、やがて有希も我を忘れて夢中になった。
 子供たちの賑やかな歓声の中で、有希と翔太の屈託のない笑顔を見て、雅彦は二人の子供が以前に持っていた純粋な心を取り戻す手ごたえを掴んだ。

 子供を寝かしつけた後、雅彦と妙子はリビングルームでワインを飲んだ。
 雅彦は昼間の子供たちの無邪気な様子を妙子に話して聞かせた。
 雅彦の良い報告も、ワインの軽い酔いも、妙子の暗い表情を取り除くことはできなかった。それが雅彦を憂鬱にさせた。わかっている。今日がどんな日か。日曜日の夜から月曜日の朝にかけて事件が起こっている。放火は土曜日の深夜だったが、雅彦の家で起こった悲劇は日曜日の夜から月曜日の朝にかけてだった。三週続けて何かが起こっている。そして今日はまさに四週目の日曜日の夜だった。
 二人とも少ない会話を交わして、ちびりちびりとワインを飲んでから、寝室に引き上げた。
 雅彦は酔っていて、体も疲れているはずなのに、少しも眠くならなかった。いつも酒を飲めば気分が良くなって明るくなる妙子も、その日は緊張した表情を変えなかった。

 ベッドに入っても雅彦は眠れなかった。眠りたいとも思わなかった。
 妙子が寝返りを打った。スー、スーという寝息が聞こえてこない。妙子も眠れないらしい。明日の朝に何か悲劇が待っていると考えているのかもしれない。
 雅彦はベッドを抜け出した。
「どこに行くの?」
 妙子がかすれた声を出した。
「家の周りを見てくる」
 そう言って雅彦は部屋を出た。
 家の外にも、まだ昼間の熱気が残っている。夏もそろそろ終わろうとしているのに、昼の日差しは少しも弱まったようには感じないし、闇が一面を支配した今でも、アスファルトやコンクリートは昼に蓄えた太陽の熱を少しずつ放出し続けている。
 雅彦は家の周りを見て回った。主のいなくなった犬の檻が、月の明かりに照らされてしょぼくれている。近所の家はまだ数軒、部屋に明かりを灯していた。犯人が行動を起こすにしても、もっと夜が更けてからだろう。
 家に入ると、雅彦は再びベッドに横になった。
 そして眠れないまま、ほぼ一時間おきにベッドを抜け出し、家に周りを回った。妙子はいつの間にか優しい寝息を立てている。
 何度目かの夜の散歩に出た時、雅彦にもようやく睡魔が訪れていた。明かりのついていた家の窓も、今は死んだような闇に変わっている。頭の中をこねくり回されるような眠気に喜びながら家の周りを一周した後、雅彦は通りへ出て左右を見た。
 その時、何かが動いた。月明かりに照らされた人影らしきものが、サッと物陰に引っ込んだ。
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