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第一章
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それからの一週間、雅彦は悪夢を見続けた。眠りに対する恐怖は無かった。どんな恐怖も夢の中のことで、目覚めてしまえばありふれた日常が待っている。だが、何かが少し違っていた。
石井が新婚旅行で抜けた穴を雅彦がカバーしなければならなかったし、隣の家の後始末の手伝いや葬式などで忙しい日々だったが、雅彦が感じた何か違ったものはそんなことではなかった。妙子の雅彦に対する態度、子供たち、近所の人達、何度か訪れた刑事。それらの中に、何か違うものがあるような気がした。
日曜日に雅彦は家族を連れて買い物に出かけた。今では珍しいことではない。初め雅彦はドライブに行こうかと子供たちを誘ったが、興味無さそうに首を振られただけだった。隣の家の千夏が死んで一週間が過ぎたが、八歳の長女の有希と五歳の翔太の心に刻まれたショックは、すぐに消えるほど浅いものではなかった。特に同い年で遊び仲間だった翔太の衝撃は強く、知らせを受けた日の晩はえん、えんと声に出して泣くばかりだった。
買い物に出かけるということは妙子の考えたことだった。子供たちはあまり乗り気ではなさそうだったが、それでも全員で出かけることになった。
妙子は夫の目でひいき目に見て、実際の三十六歳という年齢よりも若く見える。雅彦とは二歳しか違わない。昔から変わらない長い髪。すらりとしたスタイル。知的な中に幼さを感じる顔。くるくるとよく動く瞳は大きい。
デパートで雅彦は奮発して二人の子供に好きなおもちゃを買い与え、二人の機嫌はかなり回復した。少なくともデパートにいる間は二人とも以前からの有希と翔太だった。
その夜、雅彦は夢を見なかった。朝、階下の子供たちの明るい声で目を覚ました。すっきりとした目覚めの良い朝だった。
階下に降りると、子供たちの目に、昨日までの暗い影は無かった。
新聞を取りに表に出ると、遠くから電車の走る響きが聞こえてきた。空は綺麗に晴れ渡り、気持ちが良かった。
雅彦はスーッと大きく深呼吸をしてから家に戻った。
子供たちを小学校と保育園に送り出してから、雅彦も妙子に見送られて玄関を出た。そんな時間に家を出ることも、今ではすっかり慣れてしまっている。玄関から、小さな生け垣を挟んだガレージに来て、雅彦はハッと息を飲んだ。初め子供たちの悪戯かと思った。そんな生易しいものではなかった。
ガレージには鉄屑が横たわっている。
雅彦の所有するヨーロッパ製の高級車は、全ての窓ガラスが割られ、車の周り一面に釘のようなもので付けた引っ掻き傷があった。ボンネットが開けられて、エンジンカバーが壊され、コード類はちぎられ、バールか何かで引っ掻き回されたようにエンジンルームは滅茶苦茶だった。車内もシートはナイフでずたずたに引き裂かれ、計器類は叩き壊されていた。中で火を点けようとしたらしく、シートとダッシュボードが焦げている。タイヤは四本とも空気が抜かれ腹を地面に付けた車の下にドロリとした油が溜まっていた。
雅彦は家に戻ると警察を呼んだ。
石井が新婚旅行で抜けた穴を雅彦がカバーしなければならなかったし、隣の家の後始末の手伝いや葬式などで忙しい日々だったが、雅彦が感じた何か違ったものはそんなことではなかった。妙子の雅彦に対する態度、子供たち、近所の人達、何度か訪れた刑事。それらの中に、何か違うものがあるような気がした。
日曜日に雅彦は家族を連れて買い物に出かけた。今では珍しいことではない。初め雅彦はドライブに行こうかと子供たちを誘ったが、興味無さそうに首を振られただけだった。隣の家の千夏が死んで一週間が過ぎたが、八歳の長女の有希と五歳の翔太の心に刻まれたショックは、すぐに消えるほど浅いものではなかった。特に同い年で遊び仲間だった翔太の衝撃は強く、知らせを受けた日の晩はえん、えんと声に出して泣くばかりだった。
買い物に出かけるということは妙子の考えたことだった。子供たちはあまり乗り気ではなさそうだったが、それでも全員で出かけることになった。
妙子は夫の目でひいき目に見て、実際の三十六歳という年齢よりも若く見える。雅彦とは二歳しか違わない。昔から変わらない長い髪。すらりとしたスタイル。知的な中に幼さを感じる顔。くるくるとよく動く瞳は大きい。
デパートで雅彦は奮発して二人の子供に好きなおもちゃを買い与え、二人の機嫌はかなり回復した。少なくともデパートにいる間は二人とも以前からの有希と翔太だった。
その夜、雅彦は夢を見なかった。朝、階下の子供たちの明るい声で目を覚ました。すっきりとした目覚めの良い朝だった。
階下に降りると、子供たちの目に、昨日までの暗い影は無かった。
新聞を取りに表に出ると、遠くから電車の走る響きが聞こえてきた。空は綺麗に晴れ渡り、気持ちが良かった。
雅彦はスーッと大きく深呼吸をしてから家に戻った。
子供たちを小学校と保育園に送り出してから、雅彦も妙子に見送られて玄関を出た。そんな時間に家を出ることも、今ではすっかり慣れてしまっている。玄関から、小さな生け垣を挟んだガレージに来て、雅彦はハッと息を飲んだ。初め子供たちの悪戯かと思った。そんな生易しいものではなかった。
ガレージには鉄屑が横たわっている。
雅彦の所有するヨーロッパ製の高級車は、全ての窓ガラスが割られ、車の周り一面に釘のようなもので付けた引っ掻き傷があった。ボンネットが開けられて、エンジンカバーが壊され、コード類はちぎられ、バールか何かで引っ掻き回されたようにエンジンルームは滅茶苦茶だった。車内もシートはナイフでずたずたに引き裂かれ、計器類は叩き壊されていた。中で火を点けようとしたらしく、シートとダッシュボードが焦げている。タイヤは四本とも空気が抜かれ腹を地面に付けた車の下にドロリとした油が溜まっていた。
雅彦は家に戻ると警察を呼んだ。
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