6 / 46
第一章
5
しおりを挟む
雅彦は心身ともにボロボロだった。妙子が田舎の海沿いの町への旅行を提案した時、雅彦はすぐに同意した。仕事のことを忘れ、温泉にでも浸かってのんびりと体を休めれば、仕事に対する気力を奮い立たせることができるかもしれないと思った。
妻と二人の子供を連れて雅彦は出かけた。旅行は雅彦が思っていたようにのんびりとしたものでなく、あちこちを見て回る観光が主な目的だったが、それがかえって良かった。子供たちに手を焼くことが、逆に精神的に気休めになった。
二日間の旅行の後、妙子は二人の子供を連れて家に帰った。雅彦は海沿いの町に残った。三、四日、一人でのんびりすることになっていた。それも妙子のアイディアだった。
雅彦はできるかぎりのんびり、のんびりと時を過ごすつもりだった。
妻たちと別れてからの記憶が、雅彦にはない。病院のベッドで目を覚ますまでの五日間ほどの記憶が欠落していた。
雅彦は妙子たちと別れた三日後に瀕死の状態で海岸に打ち上げられているのを発見された。雅彦が発見される数時間前に、海から急激にそそり立つ断崖の上で雅彦の靴が発見されていた。
雅彦はずっと考えていた。
小鳥たちがさえずりあっている。窓のカーテンの隙間から見える外は鼠色で、部屋の中も夜の色が薄れかけている。雅彦に睡魔は戻ってこない。
三年前になぜ自殺しようとしたのか未だにわからない。仕事に行き詰まり、心身ともにくたくただったとしても、死のうなどと考えたことは無かった。それにあの時は体力的にも精神的にもかなり回復していた。
だから海に飛び込むまでの二日間に何かがあったことになる。
その時の記憶を探ろうと頭の中を引っ掻き回すと、激しい頭痛に襲われた。それからというもの、できるだけ自殺の時のことを考えないようにして忘れよと努力してきた。ただ、夢は当時よく見た。海へ落ちていく夢だった。自分が傍観者となって高い崖の上から自分が落ちていくのを見ている夢や、当事者となって海へ落ちていく夢で、場面や状況はいつも違っていた。夢の中でも自殺の時の記憶は無かった。同じ場面の同じように海へ落ちていく夢を何度も見るのなら、それは真実なのかもしれないが、そうではなかった。多分、自分が高い岬の上から海へ飛び降りたという話を聞いてそんな夢を見るようになったのだろう。交通事故にあったと聞いていれば、車に撥ねられる夢ばかりを見たかもしれない。
雅彦は半年間入院していた。退院すると、海へ落ちていく夢は見なくなった。
入院中に雅彦の勤めていた企画会社が倒産したという知らせを受けた。
妻と二人の子供を連れて雅彦は出かけた。旅行は雅彦が思っていたようにのんびりとしたものでなく、あちこちを見て回る観光が主な目的だったが、それがかえって良かった。子供たちに手を焼くことが、逆に精神的に気休めになった。
二日間の旅行の後、妙子は二人の子供を連れて家に帰った。雅彦は海沿いの町に残った。三、四日、一人でのんびりすることになっていた。それも妙子のアイディアだった。
雅彦はできるかぎりのんびり、のんびりと時を過ごすつもりだった。
妻たちと別れてからの記憶が、雅彦にはない。病院のベッドで目を覚ますまでの五日間ほどの記憶が欠落していた。
雅彦は妙子たちと別れた三日後に瀕死の状態で海岸に打ち上げられているのを発見された。雅彦が発見される数時間前に、海から急激にそそり立つ断崖の上で雅彦の靴が発見されていた。
雅彦はずっと考えていた。
小鳥たちがさえずりあっている。窓のカーテンの隙間から見える外は鼠色で、部屋の中も夜の色が薄れかけている。雅彦に睡魔は戻ってこない。
三年前になぜ自殺しようとしたのか未だにわからない。仕事に行き詰まり、心身ともにくたくただったとしても、死のうなどと考えたことは無かった。それにあの時は体力的にも精神的にもかなり回復していた。
だから海に飛び込むまでの二日間に何かがあったことになる。
その時の記憶を探ろうと頭の中を引っ掻き回すと、激しい頭痛に襲われた。それからというもの、できるだけ自殺の時のことを考えないようにして忘れよと努力してきた。ただ、夢は当時よく見た。海へ落ちていく夢だった。自分が傍観者となって高い崖の上から自分が落ちていくのを見ている夢や、当事者となって海へ落ちていく夢で、場面や状況はいつも違っていた。夢の中でも自殺の時の記憶は無かった。同じ場面の同じように海へ落ちていく夢を何度も見るのなら、それは真実なのかもしれないが、そうではなかった。多分、自分が高い岬の上から海へ飛び降りたという話を聞いてそんな夢を見るようになったのだろう。交通事故にあったと聞いていれば、車に撥ねられる夢ばかりを見たかもしれない。
雅彦は半年間入院していた。退院すると、海へ落ちていく夢は見なくなった。
入院中に雅彦の勤めていた企画会社が倒産したという知らせを受けた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
【完結】知られてはいけない
ひなこ
ホラー
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。
他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。
登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。
勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。
一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか?
心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。
(第二回きずな文学賞で奨励賞受賞)
無能な陰陽師
もちっぱち
ホラー
警視庁の詛呪対策本部に所属する無能な陰陽師と呼ばれる土御門迅はある仕事を任せられていた。
スマホ名前登録『鬼』の上司とともに
次々と起こる事件を解決していく物語
※とてもグロテスク表現入れております
お食事中や苦手な方はご遠慮ください
こちらの作品は、
実在する名前と人物とは
一切関係ありません
すべてフィクションとなっております。
※R指定※
表紙イラスト:名無死 様

トゴウ様
真霜ナオ
ホラー
MyTube(マイチューブ)配信者として伸び悩んでいたユージは、配信仲間と共に都市伝説を試すこととなる。
「トゴウ様」と呼ばれるそれは、とある条件をクリアすれば、どんな願いも叶えてくれるというのだ。
「動画をバズらせたい」という願いを叶えるため、配信仲間と共に廃校を訪れた。
霊的なものは信じないユージだが、そこで仲間の一人が不審死を遂げてしまう。
トゴウ様の呪いを恐れて儀式を中断しようとするも、ルールを破れば全員が呪い殺されてしまうと知る。
誰も予想していなかった、逃れられない恐怖の始まりだった。
「第5回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!
他サイト様にも投稿しています。
ルッキズムデスゲーム
はの
ホラー
『ただいまから、ルッキズムデスゲームを行います』
とある高校で唐突に始まったのは、容姿の良い人間から殺されるルッキズムデスゲーム。
知力も運も役に立たない、無慈悲なゲームが幕を開けた。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
リモート刑事 笹本翔
雨垂 一滴
ミステリー
『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。
主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。
それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。
物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。
翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?
翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!
【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド
まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。
事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。
一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。
その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。
そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。
ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。
そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。
第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。
表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる