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第一章
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(真人、真人、起きて、真人)
「夢美」
真人は夢美の声で目が覚めた。
「夢美?」
辺りに人の気配はない。
闇の空にとても大きくて薄っぺらの三日月だけがある。
真人が倒れていたのは砂の上だった。初め、真人はそこが砂浜だと思った。それにしては波の音が聞こえない。
真人は立ち上がると、辺りをきょろきょろと見回した。ひんやりとした空気の中で、空の片隅が少し白んできている。その遠い空の下に、なだらかにうねる山々のシルエットが広がっている。
ここはどこだろう。僕はどうなったのだろう。夢美はどうしたのだろうか。無事だろうか。謙太郎やトレーシーは?
不意に、真人の前を何かが横切った。あまりにも速すぎて、それが何か理解できなかった。
呆然とその場に佇んでいると、また何かが来た。タタタタッと音がした途端にビュッと何かが通り過ぎる。
「おい!」
真人は無意識のうちに叫んでいた。だが、通り過ぎて行ったものに声は届かなかった。
空は速度を上げてどんどん白んでくる。それにつられて地上の闇も徐々に姿を消していく。
タタタタッ。
真人はハッとして身を強張らせると、振り向きざまに叫んだ。
「待ってくれ!」
さっきから真人の近くを異常なスピードで走り抜けていくのは人間ではない。スピードがありすぎるし、乗り物の音でもない。それでも真人は声をかけずにはいられなかった。
真人の前をビュッと走り過ぎたものが、ザザザザッと音を立てて止まった。
まだ消えない闇をかき集めるようにして犬に似たシルエットが浮かび上がり、二つの目が光った。
「何だい、珍しいなあ。こんなところで人間を見るなんて」
小型の獣が話した。
真人は驚いて声も上げられなかった。
「何か用かい。俺は日の出前にねぐらに帰らなければならないんだがね」
犬が口を動かすたびに長い牙が光る。
「こ、ここは?」
真人はかすれた声を出した。
「フン。ここは夢の世界。あんた、この世界に迷い込んだのか。夢美ってのは、あんたの恋人かい?」
「え? どうして夢美のことを」
「あんたが考えていることくらいわかる。もうじき車に乗った国王がここを通る。国王なら人間のことを知っているかもしれない」
犬は空を見上げた。
「おっと、長居し過ぎた。こんなに明るくなってきた。じゃあな」
「ありがとう」
真人は頭の中がボーとしたままお礼を言った。
「それから俺は犬じゃなくてオオカミだからな」
そう言い残して、タタタタタッという足音と共にオオカミは消えた。
真人はもう一度、周りをぐるりと見渡した。
夜の闇は消え去り、日の出の準備は万端に整うところまで来ている。そして真人はそこがあまりにも日常からかけ離れた異常な世界だと知った。
「夢美」
真人は夢美の声で目が覚めた。
「夢美?」
辺りに人の気配はない。
闇の空にとても大きくて薄っぺらの三日月だけがある。
真人が倒れていたのは砂の上だった。初め、真人はそこが砂浜だと思った。それにしては波の音が聞こえない。
真人は立ち上がると、辺りをきょろきょろと見回した。ひんやりとした空気の中で、空の片隅が少し白んできている。その遠い空の下に、なだらかにうねる山々のシルエットが広がっている。
ここはどこだろう。僕はどうなったのだろう。夢美はどうしたのだろうか。無事だろうか。謙太郎やトレーシーは?
不意に、真人の前を何かが横切った。あまりにも速すぎて、それが何か理解できなかった。
呆然とその場に佇んでいると、また何かが来た。タタタタッと音がした途端にビュッと何かが通り過ぎる。
「おい!」
真人は無意識のうちに叫んでいた。だが、通り過ぎて行ったものに声は届かなかった。
空は速度を上げてどんどん白んでくる。それにつられて地上の闇も徐々に姿を消していく。
タタタタッ。
真人はハッとして身を強張らせると、振り向きざまに叫んだ。
「待ってくれ!」
さっきから真人の近くを異常なスピードで走り抜けていくのは人間ではない。スピードがありすぎるし、乗り物の音でもない。それでも真人は声をかけずにはいられなかった。
真人の前をビュッと走り過ぎたものが、ザザザザッと音を立てて止まった。
まだ消えない闇をかき集めるようにして犬に似たシルエットが浮かび上がり、二つの目が光った。
「何だい、珍しいなあ。こんなところで人間を見るなんて」
小型の獣が話した。
真人は驚いて声も上げられなかった。
「何か用かい。俺は日の出前にねぐらに帰らなければならないんだがね」
犬が口を動かすたびに長い牙が光る。
「こ、ここは?」
真人はかすれた声を出した。
「フン。ここは夢の世界。あんた、この世界に迷い込んだのか。夢美ってのは、あんたの恋人かい?」
「え? どうして夢美のことを」
「あんたが考えていることくらいわかる。もうじき車に乗った国王がここを通る。国王なら人間のことを知っているかもしれない」
犬は空を見上げた。
「おっと、長居し過ぎた。こんなに明るくなってきた。じゃあな」
「ありがとう」
真人は頭の中がボーとしたままお礼を言った。
「それから俺は犬じゃなくてオオカミだからな」
そう言い残して、タタタタタッという足音と共にオオカミは消えた。
真人はもう一度、周りをぐるりと見渡した。
夜の闇は消え去り、日の出の準備は万端に整うところまで来ている。そして真人はそこがあまりにも日常からかけ離れた異常な世界だと知った。
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