いつか君に巡り逢える

原口源太郎

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第2章

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 校門を出たところで、大樹と勇介はさっさと行ってしまった。いつもなら少しくらいは帰り道に付き合ってくれるけど、今日は他のヤツが一緒だったからだ。
 田中竜彦は、放課後必ず将棋部の部室に入り浸っている奴だった。まだ引退するには早い。大きな大会も控えている。でも最近は授業が終わるとさっさと家に帰ることがたまにあった。僕に将棋をやろうと声をかけることもなくなった。
 理由ははっきりしている。今や将棋部の伝説となっている僕の兄貴と同じ大学に行くためだ。
 OBとして、デカい顔をしてこの学校に来たことがあるから、田中は兄貴と顔を合わせたことはある。将棋を指したことはない。田中にとって大学受験とは、兄貴のいる大学へ入って、兄貴と将棋を指すためだけにあるようだった。
 兄貴は大学じゃ、ろくに勉強もせずに遊んでばかりいるようだけど、将棋だけは熱心にやっている。田中は兄貴と高校ではすれ違いになったけど、大学なら一年間、同じキャンパスにいられる。
「この間の模試、どうだった?」
 僕は髪を短くした田中に尋ねた。
 家に早く帰ることが多くなったせいか、田中はやけに小奇麗にしているように見える。それでも短くしたとはいえ、髪はぼさぼさだ。まだ世間一般の人には遠く及ばないが、昔に比べれば、一般人に近づきつつある。つまり田中の服装のセンスが一般常識に近づきつつあるということだ。
「全然だめ」
 僕の質問に答えて田中が言った。
「田中は元々頭がいいんだから、頑張れば大丈夫だ」
「そりゃ、頑張るつもりだけど。他のヤツらも頑張るだろうからね。みんなサボってくれるとありがたいんだけど」
 そりゃ無理だ。
「将棋の読みと一緒だな。自分の都合のいい方へとばかり考えたがる」
「冗談に決まってるだろ」
 田中は少しふて腐れて言った。将棋の棋風をけなされたんだから当然といえば当然だ。でも、将棋指しにはそういうものの考え方をしているヤツのほうが向いているんじゃないかと思う。うちの兄貴だってそうだ。独りよがりの攻め方を考えて、それを無理やり成功させてしまう。まあ、そういつもうまくいくとは限らないけど。攻めが失敗するとひどい結果が待っていたりする。
 僕は逆で、攻められることばかり考え、悪い方悪い方へと読みを進めていってしまう。それは兄貴の攻め将棋に付き合わされていたせいだ。それはそれで極めればすごいとは思うんだけど。
 ま、何はともあれ、将棋が強くなる一番の要素は自尊心ということに間違いない。勝負に負けて悔しい。次は絶対に負けたくない。そういう思いが強ければ強いほど将棋は強くなる。別に将棋に限ったことじゃない。スポーツだって勉強だって本を正せば同じだ。
 受験という勝負は、負けて悔しいという思いを何度も味わうわけにはいかない。でも、田中は負けた悔しさをよく知っているから、きっと目当ての大学に行くだろう。
 僕たちは今のプロ棋士で誰が一番強いかなどといったことを議論しながら歩いていた。
「颯太君」
 後ろから名前を呼ばれた。
 僕たちは同時に振り返った。
 僕を呼んだのは優花だった。いきなり帰り道で優花に呼び止められたことに僕は驚いたが、それより僕と一緒に歩いていた田中が、一瞬ビクンと体を震わせたように見えたことのほうが気になった。
「じゃ、俺、先に行くわ」
 そう言って田中はおざなりに片手を挙げると、早足に歩いていった。優花のことはまるっきり無視しているようだった。
 優花とだって同じクラスなのに、優花を見ようともせずに行ってしまう田中の後ろ姿を、どうしたのかなと思いながら僕は見送った。
「颯太」
 すぐ近くで声がした。
 優花が僕のすぐ横、触れるか触れないかくらいのところに立っていた。
「ちょっと相談したいことがあって」
 優花も僕と同じように田中の後ろ姿を見送りながら言った。
 相談? まさか大樹の事じゃないだろうな。そう考えた時、僕はハッとした。もしかしたら、優花は大樹に何かしたのかもしれない。好きだと打ち明けたとか。
 でもよく考えてみると、この前、話をした時に大樹は真剣に沢口のことを心配していた。だからそれよりもっと前に沢口が聞いた噂とは関係ない。大樹は女を二股かけられるほど器用な奴じゃないし。
「颯太?」
 僕の考え込んだ様子を見て、優花が心配そうに僕の顔を覗き込んだ。
「相談て何だよ」
 ついぶっきら棒な口調になった。
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