ガレオン船と茶色い奴隷

芝原岳彦

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第三章 流転する運命

第101話 黄金のたぶさ

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「わたしも行くわ」



 その声に皆が部屋の角を見た。そこにはメグが笑顔で立っていた。みな驚いて目を白黒させてたが、彼女が本気で言っているとは思わずに苦笑した。ヨハネ以外は。



「ダメだ!」

「なぜよ!」

「なぜって、君は女の子だろ」

「なんで女がダメなのよ」

「なぜって、ダメなものはダメだ」

「だからなぜかって聞いてるでしょ!」

「長い旅をするんだ。野宿だってするし、危険な目にも遇うだろう。女は襲われたり、さらわれたり、何をされるか分からない。だからダメだ。私がマリアを連れ帰って来るから、この館やかたで働きながら待っていろよ」

「……」



 メグはしばらく顔を紅潮させて黙っていた。

「それなら、わたし……」

 そこまで言うと、メグは腰に差していた裁ちばさみを引き抜くと頭の後ろで結んでいた髪を引っ張り、根本でザクリを音を立てて断ち切った。

「女、辞めた!」



 メグは切り取ったたぶさ・・・を床に放り投げた。彼女の残った髪の毛は肩のあたりでゆらゆらと揺れて、金色に光った。

 ヨハネは、投げ捨てられたたぶさ・・・に飛びついて拾い上げると大声で言った。

「何するんだ! 君は何考えてんだ!」

「さあ、これでいいでしょ。わたしも行くわよ。それからこないだイゴールあなたに渡した男物の服、1組わたしにちょうだい。男の服なら襲われにくいでしょ」



 男たちは驚いて口もきかなかったが、しばらくしてペテロが言った。

「俺も行く」

 ヨハネは背の高いペテロを見上げて言った。

「何を言ってるんだ。お前は奉公契約の最中だ。もう少しで年季が明けるのに今抜けたら奴隷扱いだぞ」

「ははっ、俺はいつか海を渡るつもりだ。エル・デルタみたいな小さな町での契約なんか気にしないさ。このまま商会を抜ければいいだけだ」

「商会に残っていれば、東インドに行く機会もあるだろう。残った方がいい」

「商会の後ろ盾で海を渡った所で所詮は小間使こまづかいだ。好きにやれるわけじゃない。それにお前とは子供の頃からずっと一緒だ。お前が何かやる時は手伝ってやるさ。今までもずっとそうだっただろ」

 ペテロはそう言うとメグを一瞥した。



「僕は……」

 パウロが言葉を詰まらせながら言った。

「パウロ、お前は商会に残って仕事を続けろ。お前はまだ若い。仕事も覚えていない。ロス・キャバロスには、セシリアがいるはずだ。お前だけは連れて行けない」



「お話は決まりましたか?」

 イゴールは先程のようにしわがれた声ではなく、少し張りのある声で言った。



「この年寄りも、若い人たちを応援しましょう。まず、エル・カピタルまでの船に乗れるよう手配しましょう。海賊に襲われないような大きな船です。それから……」

 イゴールは椅子の横にある机から、小切手帳を取り出した。それに金額を書き込むと、4枚ちぎってヨハネに渡した。

「1枚につき、ピラドル銀貨1枚と換金できます。それぞれの街の市参事会しさんじかいに持って行けば銀貨と交換してもらえるでしょう」



 ヨハネはその小切手をじっと見ていたが、しばらくしてイゴールに尋ねた。

「あなたはどうして私に好意を示して下さるのですか?」



 イゴールはしばらく下を見ていたが、体を細かく震わせながら顔を上げた。

「私は、この街でたくさんの奴隷たちが売り買いされているきっかけを作ってしまいました。それについては強い罪の意識があります。何かしらの形で罪滅ぼしがしたい、そう思っています。このやかたを運営しているのもそういう理由です。いま、目の前に眩しい人々がいる。この人々へのお手伝いも多少の罪滅ぼしになるのかもしれません」

 イゴールは少し顔を紅潮させていた。

「それで、いつ発つのですか?」

「明日の朝に」

「……そうですか、では今日一晩ゆっくりお休みなさい。出発は、目立たないように早朝の暗いうちが良いでしょう」
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