ガレオン船と茶色い奴隷

芝原岳彦

文字の大きさ
上 下
93 / 106
第三章 流転する運命

第90話 馬防丸太

しおりを挟む
 ヨハネは、何度も馬へ鞭を当てた。箱馬車はきしみ音を上げながら、全速力で走り始めた。馬車に、ガチリ、ガチリと強い衝撃が走った。ヨハネが振り向くと長い矢が2本、箱馬車に突き刺さっていた。さらに大きな破裂音が聞こえた。マスケット銃の発射音だった。



 街から北の山脈へ向かう街道を馬車は軽々と走った。

 ここは数年前、ヨハネが人足として駆り出され、木槌きづちで石を1枚ずつ埋め込んだ道だった。彼は御者台ぎょしゃだいの上から後ろを振り返った。昔、自分が行った仕事が今、自分を助けている、そう考えると自然に笑みがこぼれた。兵士たちの松明の光は次第に遠くなった。



 このまま、距離を取って道端に馬車を停めてから、メグを連れて悪所あくしょまで向かおう、そう思った瞬間、彼の目の前に細長い丸太が現れた。それは道を半分ふさぐように、斜めに置かれていた。馬車にはそれを避ける余裕も止まる時間もなかった。馬はその丸太を飛び越えたが、馬車はその丸太を車輪で引いた。その瞬間、馬車は鈍い衝撃音を立てて飛び上がり、横ざまに倒れ込んだ。車軸しゃじくは折れ、馬も倒れた。ヨハネは固い石畳みの上に投げ出され、体を強く打った。



 馬の悲鳴とヨハネのうめき声が薄闇うすやみに響いた。彼は痛みに耐えながら、自身の体を調べた。上着とズボンの両肘りょうひじ両膝りょうひざの部分が破れ、皮膚はえぐれて血が流れていた。破れたばかりの皮膚は白い断面を露呈ろていしていた。



 なぜ丸太が置いてあったのだろうか、そう考えて彼は道の先を見た。道には細い丸太が道を半分塞ぐように互い違いに斜めにして置かれていた。その数は10本ほどだろうか。夜、不審な馬車が速度を出してこの道を駆け抜けないように門番の兵士たちが行っている工夫に違いなかった。



 メグは?

 ヨハネは痛む体を引きずるように倒れた馬車に近づいた。折れた車軸の破片が周囲に飛び散っていた。馬は馬具を付けたまま路上に倒れ、必死に立ち上がろうとしていた。彼は自分の首を探って鍵を探した。幸いにも失くしていなかった。倒れた馬車の扉を鍵で開けた。中からはせき込む声が聞こえた。

「……なに? なにが起こったの?」

「罠だ。馬車用の罠が道に仕掛けてあった。大丈夫か? ケガはないか?」

 横になった馬車の中から、ヨハネはメグの手を掴み引きずり出して立たせた。

「頭を打っちゃった」

「見せて」

 ヨハネはそう言うと、薄闇の中、メグの髪をかき分けて頭を探った。頭の右横が少し腫はれていた。

「大丈夫。少し腫はれているだけだ。それよりも早く逃げよう」

「馬は?」

「馬具を外している時間はない。それに馬はおそらく足を折っているだろう」



「いたぞ! 減速用の丸太に引っかかりやがった! 捕まえろ!」そう叫びながら、数人の兵士たちが松明を持って走り寄って来た。

「メグ! 走れ。あの丘の中腹にある街の光が悪所あくしょだ! そこのイゴールの館でまで走れ!」

「あなたはどうするの?」

「ここで時間を稼いでから、君に追いつく」

「そんなことできるわけないでしょ! あんなに大人数が追いかけて来るのよ!」

「いいから走れ! 裁ちばさみは持ってるな? 何かあったら、あれをナイフ代わりに使え。走れ! 走れ! 走れ!」



 そう言うと彼はメグの背中を突き飛ばした。メグは走り出した。途中何度か振り返りながら走り続けて、やがて薄闇の中、彼女の姿は見えなくなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

本能のままに

揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください! ※更新は不定期になると思います。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

大日本帝国、アラスカを購入して無双する

雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。 大日本帝国VS全世界、ここに開幕! ※架空の日本史・世界史です。 ※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。 ※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

帝国夜襲艦隊

ypaaaaaaa
歴史・時代
1921年。すべての始まりはこの会議だった。伏見宮博恭王軍事参議官が将来の日本海軍は夜襲を基本戦術とすべきであるという結論を出したのだ。ここを起点に日本海軍は徐々に変革していく…。 今回もいつものようにこんなことがあれば良いなぁと思いながら書いています。皆さまに楽しくお読みいただければ幸いです!

処理中です...