ガレオン船と茶色い奴隷

芝原岳彦

文字の大きさ
上 下
85 / 106
第三章 流転する運命

第82話 ヨハネの成長

しおりを挟む
 それでもヨハネは、パウロに対する気遣いを忘れなかった。



「お前の恋人のセシリアは無事だったのか?」

「はい、今ごろ、馬車で親元へ向かっているはずです」

 パウロは涙をぬぐいながら答えた。

「そうか……それは良かった……」

 ヨハネはそう言うと、眉間に皺を寄せて尋ねた。

「なぜメグとマリアだけ奴隷扱いなんだろう。ペテロ、何か知っているか?」

 ペテロは一呼吸、間をおいて答えた。

「……いいや、知らない。取りあえず商会に帰ろう。それで様子も分かるだろう。だけど、メグとマリアの扱いについてカピタンや勘定係に食ってかかるなよ。平然としたふりをするんだ」



「なぜだ!」

 ヨハネは怒鳴った。

「そんなことしたらお前まで捕まって地下牢行きだぞ。聞き出せる事情も聞き出せなくなる。何事もなかったように偵察の報告をするんだ。そうすれば向こうから織物工房の事は話してくれるだろう。お前はあの工房を準備した責任者だったんだからさ」

「そうですよ、かしらが3年前と同じ事しちゃったら、何も分かりません」

 パウロが言った。

「どうしてそれを知っている?」

 ヨハネは驚いて言った。

「商会の人間なら誰でも知ってますよ。商会の女の子に惚れちゃって、その娘を売り払ったカピタンに噛みついたんでしょ。古参の奉公人から聞きました」

「……みんなそんな話をしてるのか」

「だからみんなかしらが好きなんですよ」



 パウロは笑顔で言った。

「あの恐ろしいカピタンに歯向かえる人なんてそういませんからね。女奉公人の間でも評判になってましたから。セシリアも言ってました。『素敵なお話ね』って」

 ヨハネは顔を下に向けると黒髪の頭をかきむしった。

「まずは商会に帰って報告をしよう。いつも通りに、平然と。そうすれば何か聞き出せるかもしれない」

 ヨハネは言った

「そうしよう」

 ペテロも同意した。パウロもうなずいた。

「なんか大変なことになっちまったみたいだなあ。その奴隷小屋に入れられちまったってのは、こないだおいらが市場で見た娘さんかい?」

 ニコラスは聞いた。

「ええ、そうです」

 ヨハネは答えた。

「ああ、あのお前さんのいい人のことかい。そりゃ怒るのも無理ないなあ」

「だから、違いますよ」

 ヨハネは慌てて言った。その様子をペテロは横目で一瞥した。

「なんだか大ごとになったみたいだなあ。おれは、街はずれの悪所あくしょにある『イゴールの館』っていう木賃宿きちんやどに住んでる。猫背のじいさんがやってる宿よ。用事があれば声かけてくれや。なあ!」

 そう言うとニコラスは自分の船のほうに行ってしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大日本帝国、アラスカを購入して無双する

雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。 大日本帝国VS全世界、ここに開幕! ※架空の日本史・世界史です。 ※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。 ※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

大日本帝国領ハワイから始まる太平洋戦争〜真珠湾攻撃?そんなの知りません!〜

雨宮 徹
歴史・時代
1898年アメリカはスペインと戦争に敗れる。本来、アメリカが支配下に置くはずだったハワイを、大日本帝国は手中に収めることに成功する。 そして、時は1941年。太平洋戦争が始まると、大日本帝国はハワイを起点に太平洋全域への攻撃を開始する。 これは、史実とは異なる太平洋戦争の物語。 主要登場人物……山本五十六、南雲忠一、井上成美 ※歴史考証は皆無です。中には現実性のない作戦もあります。ぶっ飛んだ物語をお楽しみください。 ※根本から史実と異なるため、艦隊の動き、編成などは史実と大きく異なります。 ※歴史初心者にも分かりやすいように、言葉などを現代風にしています。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

帝国夜襲艦隊

ypaaaaaaa
歴史・時代
1921年。すべての始まりはこの会議だった。伏見宮博恭王軍事参議官が将来の日本海軍は夜襲を基本戦術とすべきであるという結論を出したのだ。ここを起点に日本海軍は徐々に変革していく…。 今回もいつものようにこんなことがあれば良いなぁと思いながら書いています。皆さまに楽しくお読みいただければ幸いです!

処理中です...