ガレオン船と茶色い奴隷

芝原岳彦

文字の大きさ
上 下
47 / 106
第二章 拡がりゆく世界

第44話 為替手形

しおりを挟む
 ペテロは大股で市場の通りを歩いた。

 ヨハネもその後を追いかけるように歩いた。



 その市場の一番奥には荒い木で作られた平屋の建物があった。この市場に合わせて作られたらしい臨時の建物だったが、荒い木をしっかりと組み合わせて作られた良い造りだった。入り口の上には天秤を型どった鉄の看板がはめ込まれていた。ヨハネはそれが市参事しさんじかいに出資している素封家そほうかの印だと知っていた。それは方々に金を融通して巨利を得ている人物の家だった。

 店の中は人の腰ほどの高さがある勘定台で2つに分けられていた。入り口付近には市参事会しさんじかいの警備員がいて、入ってきた2人に近づいてきた。



「何か御用ですか」

 背の高いその男は2人を見下ろして答えた。

「この件で来たんだ」

 ペテロが例の紙片を見せた。

「そうですか。失礼しました」

 その男は引き下がった。ペテロは奥の勘定台まで歩くとその向こう側にいる小太りの男に声を掛けた。

「これの換金を頼む」

「拝見いたします」

 その男はペテロの出した手形を受け取り眺めた。

「振出人、オランダ東インド会社、支払人、エル・デルタ市参事会しさんじかい、受取人、アギラ商会奉公人ペテロ。間違いございませんね」

「ああ、間違いない」

「お支払いの貨幣はどれをお選びになりますか」

「ピラドル銀貨で頼む」

「ではご確認ください」



 小太りの男は勘定台の下から紙包みを取り出した。それが開かれると中には親指大の銀の塊が1つだけ、鈍く光っていた。それは平らに打ち延ばされ、アルファベットで刻印が刻まれていた。ペテロはそれをつまみ上げると服でこすり、大げさな仕草で目に近づけると、「確かに」と言った。



 ペテロはピラドル銀貨を懐に入れると、大股で店の外へ出た。ヨハネもその後ろについて出て歩きながら尋ねた。



「あれはどういう仕組みになっているんだ」

「簡単な話さ。俺は東インドにいる間、オランダ東インド会社の人足としてひと月働いてたんだ。その給金だよ」

「それがなぜエル・デルタの街で受け取れるんだ」

「東インド会社は俺に給料を払わなきゃいけない、つまり俺に借りがある。同時に東インド会社はアギラ商会が出資している市参事会しさんじかいからまだ金をもらってない案件がある。つまり貸しがある。だったら俺が市参事会しさんじかいから直じかに金をもらってしまえ、というのがあの手形なんだ。新しい送金方法だよ。東インドじゃ常識だぜ」

「どうしてその場で給金を貰わなかったんだ?」

「銀をその場でもらってもよかったけど、持ち歩くのは危険だし、為替手形ってのを1度使ってみたかったんだよ」

「もし市参事会しさんじかいが東インド会社の手形を受け取らなかったら?」

「そういうことはまずない。あの会社は日の出の勢いだし、その手形の信用度も高い。手形を引受ける契約もあるはずだ。もちろん確実って事もないけどな。それに東インド会社はいま人足の手間賃がすごく高い。いい機会だから荷の積み下ろしの手伝いをしたんだ。それに金も貯めたかった」

「なんか、出稼ぎに行ったんだか、視察に行ったんだかわからないな」

「まあそうだな。地元の雰囲気もしっかり掴んできたからな。さあ、帰ろうぜ。もう日が高い」



 2人は第2の市場の出口に立って石段の上から、下の市場を見下ろした。日はもうすっかりと高くなって、市場で立ち働く人々を照らしていた。客たちが足ですり上げた土埃の間を太陽の光が刺し貫き、市場は縞模様の膜に覆われているように見えた。その間には手桶を持ったワクワクの奴隷たちが、水を撒いて少しでも埃を押さえようと必死に走り回っていた。さっきまで屋台だった店はみな人足たちの飯屋に早変わりしていた。売れ残りの食材を使って朝飯を作って売っているのだ。

 ペテロは両手を腰に当てると言い放った。

「俺は商売で大金持ちになってやるぜ。奴隷や奉公人をたくさん従えて、カピタンみたいな大物になってやる。ヨハネ、お前もそう思うだろ」

「ああ、金持ちにはなりたい。でも奴隷は売りたくないな」

「今日の食い物にも欠く人間はたくさんいるんだ。昔の俺やお前みたいにさ。奴隷は商品として大事にされる。最低限の衣食住は保証されるんだ。俺たちがこの街に来た理由を忘れたわけじゃないだろ。あのままエリアールにいたら俺たち飢え死にだぞ」

「……」

 ヨハネは押し黙った。



 数年前、1人の女と、ほんの短い間だけ、至福の時を過ごした出来事を思い出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大日本帝国、アラスカを購入して無双する

雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。 大日本帝国VS全世界、ここに開幕! ※架空の日本史・世界史です。 ※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。 ※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。

本能のままに

揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください! ※更新は不定期になると思います。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

帝国夜襲艦隊

ypaaaaaaa
歴史・時代
1921年。すべての始まりはこの会議だった。伏見宮博恭王軍事参議官が将来の日本海軍は夜襲を基本戦術とすべきであるという結論を出したのだ。ここを起点に日本海軍は徐々に変革していく…。 今回もいつものようにこんなことがあれば良いなぁと思いながら書いています。皆さまに楽しくお読みいただければ幸いです!

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

処理中です...