ガレオン船と茶色い奴隷

芝原岳彦

文字の大きさ
上 下
33 / 106
第一章 奴隷たちの島々

第30話 三年後

しおりを挟む
「さあ、全員降りろ。到着だ」



 ヨハネは手綱を引いて馬を停めると、後ろの馬車に向かって静かに言った。馬車は取りあえず商会の搬入口に付けられた。馬車からは10人の若い男がぞろぞろと降りてきた。みな痩せて粗末ななりだった。年の頃は15、6歳だろう。10人とも馬車のうしろで固まったように動かず、ただ商会の建物を見上げ、不安そうに周囲をうかがっていた。

 ヨハネは言った。

「ここが、エル・デルタの最大の奴隷商会だ。カピタンはトマス。この街一番の奴隷仲買人だ。お前たちはこの商会と6年間の年季奉公ねんきぼうこう契約を結んだ。みんなこの商会のために働く事になる」



 新しい奉公人の一人が物資ぶっし搬入口から中に入ろうとした。



「何をしている。そこは馬車から物を積み込む時の搬入口だ。決して出入りするな。お前らは奉公人だ。奉公人はその分際ぶんざいに似合った振る舞いをしろ。黙って付いて来い」

 ヨハネはそう言うと、10人の新人を引き連れて搬入口を通り過ぎ、右に曲がり、裏路地に入った。その路地は相変わらず、汚水の水溜まりがいくつもできていた。

「うわ、きたねえ」と1人の少年が言った。



「うるさいぞ。『黙って付いて来い』と言ったのが聞こえなかったのか」

 ヨハネは歩きながら言った。もう一度、右に曲がり、奉公人用の扉の前に立った。

「ここが奉公人用の入り口だ。この入口以外は決して使うな。この中が台所になっている。3度の飯はここで喰うんだ。分かったな。中に入っても台所以外は決して使うんじゃないぞ。2階から上にも奉公人は決して入ってはいけない。分かったか」

 ヨハネは諭すように言った。

「分かったか、と聞いているんだ」

 ヨハネは鋭い声で言った。10人の新人は驚き怯おびえた様子で、声を揃えて「はい!」と答えた。

「次は奉公人ほうこうにん小屋だ。お前らはそこで寝起きするんだ」



 ヨハネはそう言うと、奉公人ほうこうにん小屋の扉の前まで歩いて、扉を開いた。中から男の汗の臭いが流れ出てきた。蔀戸しとみどが開けられて光が差し込んでいたが、中は暗かった。
 「うわっ、くせえ」と新人の一人が言った。先ほど、汚い、と大きな声で不平を言った奉公人だった。



「おい、いま言った者、前に出ろ」

 ヨハネはゆっくりと大きな声で言った。その少年がニヤニヤ笑いながらヨハネの前に立つと、ヨハネは鼻同士がくっつくほど顔をその少年に近づけて、その目を覗き込みながら大きな声で言った。



「いいか。私はかしらだ。かしらの命令は絶対だ。不平も、不満も、陰口も許さん。私の上にいらっしゃるのがカピタンだ。お前らの契約主だ。お前らはカピタンに生かされている。私もカピタンに生かされている。この商会の悪口を言う事はカピタンの悪口を言う事と同じだ。絶対に許されない。分かったか」



 ヨハネに圧倒されたその少年はヨハネの顔を見上げていた。他の新人たちは怯えて黙り込んでしまっていた。

「返事を求められたら、はい、と答えろ」

 新人たちは背筋を伸ばして「はい!」と答えた。その少年は少しの間ヨハネをにらんでいたが、「はい」とさほど大きくない声で答えた。



「寝台は手前から新人が使え。奥は古参だ。新しい衣服と寝具が必要になった時は私に言え。食事はまずくても絶対に3食喰え。これは義務だ。下らない事で喧嘩をするな。古参の奉公人の言う事はよく聞け。そうすればかわいがってもらえる」

 新人たちは目を左右に泳がせながらその話を聞いていた。先ほどヨハネに睨まれた少年は尋ねた。



「あの、奉公人小屋の扉には鍵をかけないんですか?」

「鍵は無い。鍵は掛けない。いつ逃げてもいいぞ。逃げて行く当てがあるのならな。逃げな」

 ヨハネは言った。新人たちは囁ささやき声で話していた。

「あと1つ、奉公人小屋の隣に奴隷用の小屋が2つある。男女別に2つだ。こちらは厳重に鍵が掛けてある。お前ら、女奴隷にちょっかい出したら、肘から先を切り落とされる。分かったか」

 ヨハネが尋ねると、少し間をおいて「はい!」と新人たちは答えた。

「夕飯まで小屋の寝台で休んでろ。外をうろつくんじゃないぞ。解散」

 ヨハネが命令すると10人の新人は奉公人ほうこうにん小屋の中に入って行った。

 中からは新人たちのはしゃぎ声が聞こえた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大日本帝国、アラスカを購入して無双する

雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。 大日本帝国VS全世界、ここに開幕! ※架空の日本史・世界史です。 ※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。 ※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。

本能のままに

揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください! ※更新は不定期になると思います。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

大日本帝国領ハワイから始まる太平洋戦争〜真珠湾攻撃?そんなの知りません!〜

雨宮 徹
歴史・時代
1898年アメリカはスペインと戦争に敗れる。本来、アメリカが支配下に置くはずだったハワイを、大日本帝国は手中に収めることに成功する。 そして、時は1941年。太平洋戦争が始まると、大日本帝国はハワイを起点に太平洋全域への攻撃を開始する。 これは、史実とは異なる太平洋戦争の物語。 主要登場人物……山本五十六、南雲忠一、井上成美 ※歴史考証は皆無です。中には現実性のない作戦もあります。ぶっ飛んだ物語をお楽しみください。 ※根本から史実と異なるため、艦隊の動き、編成などは史実と大きく異なります。 ※歴史初心者にも分かりやすいように、言葉などを現代風にしています。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

処理中です...