29 / 106
第一章 奴隷たちの島々
第26話 猥談
しおりを挟む
ヨハネは一日の仕事を終えて商会の奉公人小屋に戻った。
彼の姿は土埃と汗で汚れてまるでボロ布のようだった。
彼は台所で例の粥を胃の腑に押し込むと、体を洗い服を着替えて、いったん奉公人小屋に戻って寝台に横になった。
眠りに落ちないように気を付けながら、彼は寝台の上で体だけを休めた。他の奉公人たちはまだ起きていて、部屋の奥で何か大声で話をしていた。奉公人たちの会話がヨハネの耳に入ってきた。
「おまえ、あの飲み屋に行ったことあるか? 街はずれの山かげのよ。ハマグリ印の店だ」
「あんなあぶねえとこ行けるかよ。病気もらうぞ」
「根性ねえなあ。安すぎる店はあぶねえんだ。高めの店は安心なんだ。下の店で一杯やってよ。酌婦の中から一人選んで、上の部屋にしけ込むんだ。いい女いるぞ」
ヨハネは耳を塞いだ。
彼はああいう所が嫌いだった。
そこで働いている女たちがどういう境遇でその仕事をするようになるかよく知っていたからだ。
彼女たちは大抵が貧農か貧しい漁師の娘で、親の負債のかたに取られて連れてこられる例が多かった。
エル・デルタの悪所はエル・マール・インテリオールの島々に住む貧しい漁師の娘か、北の山を越えて来たヨハネと同郷の娘が多かったはずだった。ヨハネは故郷にいる頃、エル・デルタから来た女衒が村の娘を何人も連れて山を越えて行ったのを何度も見た。
やがてその奉公人たちは連れ立って出かけて行こうとした時、彼らの一人がヨハネに声を掛けた。
「おい、おまえも連れてってやるぞ。ビタ銭くらい持ってるだろ」
「いえ、僕は金を持ってないんですよ」
「なんだ。内職してねえのか。もしかしておまえまだ女とやったことねえのかよ?」
そう言いながらその男が指で卑猥な仕草をすると、他の奉公人たちがゲラゲラと笑い、そのまま外に出て行った。ヨハネはホッとしたが、新たな不安が心の底から湧き上がってきた。
もしティーが売春宿に売られてしまったら、あんな男たちの相手をさせられるのだろうか、そう考えると不安が胸の奥から湧き上がり、様々な想像が頭の中に浮かび上がってきた。ヨハネは両の拳を握り締め寝台に打ち付けるとその間に自分の頭を挟んで不安と怒りに耐えた。
彼の姿は土埃と汗で汚れてまるでボロ布のようだった。
彼は台所で例の粥を胃の腑に押し込むと、体を洗い服を着替えて、いったん奉公人小屋に戻って寝台に横になった。
眠りに落ちないように気を付けながら、彼は寝台の上で体だけを休めた。他の奉公人たちはまだ起きていて、部屋の奥で何か大声で話をしていた。奉公人たちの会話がヨハネの耳に入ってきた。
「おまえ、あの飲み屋に行ったことあるか? 街はずれの山かげのよ。ハマグリ印の店だ」
「あんなあぶねえとこ行けるかよ。病気もらうぞ」
「根性ねえなあ。安すぎる店はあぶねえんだ。高めの店は安心なんだ。下の店で一杯やってよ。酌婦の中から一人選んで、上の部屋にしけ込むんだ。いい女いるぞ」
ヨハネは耳を塞いだ。
彼はああいう所が嫌いだった。
そこで働いている女たちがどういう境遇でその仕事をするようになるかよく知っていたからだ。
彼女たちは大抵が貧農か貧しい漁師の娘で、親の負債のかたに取られて連れてこられる例が多かった。
エル・デルタの悪所はエル・マール・インテリオールの島々に住む貧しい漁師の娘か、北の山を越えて来たヨハネと同郷の娘が多かったはずだった。ヨハネは故郷にいる頃、エル・デルタから来た女衒が村の娘を何人も連れて山を越えて行ったのを何度も見た。
やがてその奉公人たちは連れ立って出かけて行こうとした時、彼らの一人がヨハネに声を掛けた。
「おい、おまえも連れてってやるぞ。ビタ銭くらい持ってるだろ」
「いえ、僕は金を持ってないんですよ」
「なんだ。内職してねえのか。もしかしておまえまだ女とやったことねえのかよ?」
そう言いながらその男が指で卑猥な仕草をすると、他の奉公人たちがゲラゲラと笑い、そのまま外に出て行った。ヨハネはホッとしたが、新たな不安が心の底から湧き上がってきた。
もしティーが売春宿に売られてしまったら、あんな男たちの相手をさせられるのだろうか、そう考えると不安が胸の奥から湧き上がり、様々な想像が頭の中に浮かび上がってきた。ヨハネは両の拳を握り締め寝台に打ち付けるとその間に自分の頭を挟んで不安と怒りに耐えた。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説

大日本帝国、アラスカを購入して無双する
雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。
大日本帝国VS全世界、ここに開幕!
※架空の日本史・世界史です。
※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。
※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。
旧式戦艦はつせ
古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。

大日本帝国領ハワイから始まる太平洋戦争〜真珠湾攻撃?そんなの知りません!〜
雨宮 徹
歴史・時代
1898年アメリカはスペインと戦争に敗れる。本来、アメリカが支配下に置くはずだったハワイを、大日本帝国は手中に収めることに成功する。
そして、時は1941年。太平洋戦争が始まると、大日本帝国はハワイを起点に太平洋全域への攻撃を開始する。
これは、史実とは異なる太平洋戦争の物語。
主要登場人物……山本五十六、南雲忠一、井上成美
※歴史考証は皆無です。中には現実性のない作戦もあります。ぶっ飛んだ物語をお楽しみください。
※根本から史実と異なるため、艦隊の動き、編成などは史実と大きく異なります。
※歴史初心者にも分かりやすいように、言葉などを現代風にしています。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

帝国夜襲艦隊
ypaaaaaaa
歴史・時代
1921年。すべての始まりはこの会議だった。伏見宮博恭王軍事参議官が将来の日本海軍は夜襲を基本戦術とすべきであるという結論を出したのだ。ここを起点に日本海軍は徐々に変革していく…。
今回もいつものようにこんなことがあれば良いなぁと思いながら書いています。皆さまに楽しくお読みいただければ幸いです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる