15 / 106
第一章 奴隷たちの島々
第12話 すすり泣き
しおりを挟む
ヨハネはその貧民街のある山を右手に見ながら馬車と並んで走った。
ヨハネが走っている大通りからは貧民街のある山が見えるだけで、そのものは山影になって見えなかった。あそこにはエル・デルタからはじき出された者たちがたくさん暮らしているはずだった。
あそこにはワクワクがたくさん住んでいるのだろうか、とヨハネは走りながら思った。彼はワクワクの奴隷が詰め込まれた馬車に左手を置きながら、中の様子を感じ取ろうとした。馬車の空気口からは詰め込まれた女奴隷たちのすすり泣き声やうめき声が聞こえてくるような気がした。
あの手ぬぐいをやった娘はどうしているだろうか、こんな所に押し込められたら息ができなくなってしまうのではないか、そんな心配をしながらヨハネは走り続けた。やがてアギラ商会の建物が見えてきた。馬車隊は商会の玄関前を通り過ぎると、右折して裏通りに入った。そしてもう一度右折してさらに狭い道に入ると左手に見えてくるのが奴隷小屋だった。奴隷小屋は女奴隷用と男奴隷用に分かれていた。後は女奴隷たちを女用の奴隷小屋に移す作業が残っているだけだった。
ヨハネはあの奴隷女とまた話したいと思った。顔も見たいと思った。女奴隷たちを馬車から降ろして奴隷小屋まで移す作業を手伝えば、またあの娘と口をきけるかもしれない、そう思ったヨハネは奴隷小屋の扉を開ける作業を手伝おうとした。
奉公人頭がと顎をしゃくってヨハネを呼んだ。
「おい。ヨハネ。こっち来い」
ヨハネは内心で悪態をつきながら奉公人頭の前まで走ると神妙に返事をした。
「頭。御用でしょうか」
奉公人頭は片頬で笑いながら命じた。
「お前、これから市参事会の街道清掃と下水清掃に行ってこい」
ヨハネは慌てて言った。
「しかし、僕は奴隷の積み下ろしを手伝おうと思います」
「『でも」やら『しかし』やら言うんじゃねえ。お前は自分の立場ってものがわかってねえな。頭に言われたら奉公人の分際は『はい承知しました』と答えりゃいいんだ。口答えするんじゃねえ。おめえ、まだわかってねえのか! また拳骨一発喰らわすぞ。そうしなきゃ分かんねえっていうんならよう」
奉公人頭はガラガラ声で怒鳴り散らした。
「今日はうちの商会から人足を1人出す約束になってんだ。早く行きやがれ。さもないと今度はお前の顎に一発喰らわすぞ。」
奉公人頭は右手を握りしめて拳骨を飛ばす仕草をした。ヨハネは目を大きく見開いたまま、ジッと奉公人頭の目をしばらく見ていた。
「なんだ。なんか文句あるのか。お前は奉公人の分際だろうが!」
奉公人頭は動揺したように言った。
しばらく2人はにらみあっていたが、ヨハネは「承りました」と答えて大通りに向かって走り出した。商会から市参事会の事務所は遠かった。彼は急がねばならなかった。ヨハネが走りながら振り返ると真っ黒な奴隷用馬車からワクワクの女奴隷たちが奴隷小屋に移されているのが見えたが、その中にあの娘を見つけられなかった。
ヨハネが走っている大通りからは貧民街のある山が見えるだけで、そのものは山影になって見えなかった。あそこにはエル・デルタからはじき出された者たちがたくさん暮らしているはずだった。
あそこにはワクワクがたくさん住んでいるのだろうか、とヨハネは走りながら思った。彼はワクワクの奴隷が詰め込まれた馬車に左手を置きながら、中の様子を感じ取ろうとした。馬車の空気口からは詰め込まれた女奴隷たちのすすり泣き声やうめき声が聞こえてくるような気がした。
あの手ぬぐいをやった娘はどうしているだろうか、こんな所に押し込められたら息ができなくなってしまうのではないか、そんな心配をしながらヨハネは走り続けた。やがてアギラ商会の建物が見えてきた。馬車隊は商会の玄関前を通り過ぎると、右折して裏通りに入った。そしてもう一度右折してさらに狭い道に入ると左手に見えてくるのが奴隷小屋だった。奴隷小屋は女奴隷用と男奴隷用に分かれていた。後は女奴隷たちを女用の奴隷小屋に移す作業が残っているだけだった。
ヨハネはあの奴隷女とまた話したいと思った。顔も見たいと思った。女奴隷たちを馬車から降ろして奴隷小屋まで移す作業を手伝えば、またあの娘と口をきけるかもしれない、そう思ったヨハネは奴隷小屋の扉を開ける作業を手伝おうとした。
奉公人頭がと顎をしゃくってヨハネを呼んだ。
「おい。ヨハネ。こっち来い」
ヨハネは内心で悪態をつきながら奉公人頭の前まで走ると神妙に返事をした。
「頭。御用でしょうか」
奉公人頭は片頬で笑いながら命じた。
「お前、これから市参事会の街道清掃と下水清掃に行ってこい」
ヨハネは慌てて言った。
「しかし、僕は奴隷の積み下ろしを手伝おうと思います」
「『でも」やら『しかし』やら言うんじゃねえ。お前は自分の立場ってものがわかってねえな。頭に言われたら奉公人の分際は『はい承知しました』と答えりゃいいんだ。口答えするんじゃねえ。おめえ、まだわかってねえのか! また拳骨一発喰らわすぞ。そうしなきゃ分かんねえっていうんならよう」
奉公人頭はガラガラ声で怒鳴り散らした。
「今日はうちの商会から人足を1人出す約束になってんだ。早く行きやがれ。さもないと今度はお前の顎に一発喰らわすぞ。」
奉公人頭は右手を握りしめて拳骨を飛ばす仕草をした。ヨハネは目を大きく見開いたまま、ジッと奉公人頭の目をしばらく見ていた。
「なんだ。なんか文句あるのか。お前は奉公人の分際だろうが!」
奉公人頭は動揺したように言った。
しばらく2人はにらみあっていたが、ヨハネは「承りました」と答えて大通りに向かって走り出した。商会から市参事会の事務所は遠かった。彼は急がねばならなかった。ヨハネが走りながら振り返ると真っ黒な奴隷用馬車からワクワクの女奴隷たちが奴隷小屋に移されているのが見えたが、その中にあの娘を見つけられなかった。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説

大日本帝国、アラスカを購入して無双する
雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。
大日本帝国VS全世界、ここに開幕!
※架空の日本史・世界史です。
※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。
※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。

本能のままに
揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった
もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください!
※更新は不定期になると思います。
旧式戦艦はつせ
古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります


帝国夜襲艦隊
ypaaaaaaa
歴史・時代
1921年。すべての始まりはこの会議だった。伏見宮博恭王軍事参議官が将来の日本海軍は夜襲を基本戦術とすべきであるという結論を出したのだ。ここを起点に日本海軍は徐々に変革していく…。
今回もいつものようにこんなことがあれば良いなぁと思いながら書いています。皆さまに楽しくお読みいただければ幸いです!
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる