ガレオン船と茶色い奴隷

芝原岳彦

文字の大きさ
上 下
14 / 106
第一章 奴隷たちの島々

第11話 自治都市 エル・デルタ

しおりを挟む
 ワクワクの積み込み作業が終わると、次に高額で買われた女奴隷が搬入口から出てきた。3千万ジェンで買われた混血の奴隷と、『一滴の血』の奴隷だった。2人ともワクワクの女奴隷たちとは違って奴隷用貫頭衣どれいようかんとういを着ていたが、奴隷の身分を強調するかのように、革製の手錠てじょう足錠あしじょうを付けられていた。彼女らは、ゆっくりと搬入口はんにゅうぐちから出てきて、ワクワクの女奴隷たちが移ってカラになった十人乗り馬車に乗り移った。そして御者が馬車に乗り込み、護衛たちが定められた位置に付くと、奉公人頭が報告した。

「カピタン。準備が整いました」



 腕組みして作業を見ていたトマスは部下たちに命じた。

「そうか。では出発しろ。くれぐれもドジ踏むんじゃないぞ。私は先に現金用馬車で帰る。道中決して油断するんじゃないぞ。何かあったらダダじゃ済まない。わかったな」

 部下たちは一斉にと声を揃えて叫んだ。

「はい! カピタン!」

 たくさんの男たちが声を揃えて大声を上げたので、その場の空気はビリビリと震えた。

「おい! ヨハネ! 今度はドジ踏むんじゃないぞ。わったか」

 トマスは確認するように怒鳴った。

「はい。カピタン!」

 ヨハネは返事をした。



 トマスが現金輸送用の馬車に乗り込みながら、「出発!」と号令をかけた。先頭はトマスの馬車で、次が高額奴隷2人を乗せた馬車、次がワクワクの奴隷を詰め込んだ馬車だった。御者たちが馬に一斉に鞭をくれると、馬たちはいななき、苦しそうに前に一歩ずつ歩き始めた。馬車は軋み音を上げて少しずつ進み始め、中の奴隷たちは小さな悲鳴を上げた。

 馬車が動き出すと、護衛たちも走り出した。護衛たちはみな自分の身長より高い樫の木の槍を持っていたが、穂先はみな外してあった。エル・デルタの街において、公の場所での刃物の携帯は禁止されていた。



 これは街の有力者で構成された市参事会しさんじかいで決められた約定やくじょうで、治安の維持に大いに役立っていた。他にも火器かきの禁止や四階建て以上の住宅の禁止など、様々な禁止事項が市参事会しさんじかいによって定められていた。また、市参事会しさんじかい委託いたくを受けた清掃人足たちによって大通りはきれいに掃き清められ、市参事会しさんじかいによって雇われた警備員が定期的に街の中を回り歩き街の治安は守られていた。その他にも火事や用水路、消防や廃棄物についての規定もあり、エル・デルタは秩序ある街として近隣で知られていた。



 一方で市参事会しさんじかいの税の徴収に対して不満を持っている者もいた。それらの市政行為には当然のように多額の費用が必要だった。そのためにこの街の有力者たちはそれなりの税を負担していた。それはこの街の有力者たちに対して、負担感と歪んだ選民思想を与える元になっていた。





 もちろん手入れが行き届いている場所ばかりではなかった。世界中の街がどこもそうであるようにこの街も暗い面を抱えていた。街はずれの小山の中腹にはある小さな町があった。そこは日当たりが悪く昼間でも薄暗く、市参事会しさんじかいの力が及ばない地域だった。そこには、ならず者たちが溜まり、売春宿が立ち並んでいた。密造酒を飲ませる屋台がひしめき、宿なし達が路上に寝転がっていた。人殺しやボヤ騒ぎはひっきりなしに起こり、その犯人は終ついぞ判らなかった。加えて定期的に疫病の発生源になった。そんなわけで、エル・デルタの善男善女たちはこの貧民街には近づこうともしなかったし、話題にする事すらはばかっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大日本帝国、アラスカを購入して無双する

雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。 大日本帝国VS全世界、ここに開幕! ※架空の日本史・世界史です。 ※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。 ※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。

本能のままに

揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください! ※更新は不定期になると思います。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

帝国夜襲艦隊

ypaaaaaaa
歴史・時代
1921年。すべての始まりはこの会議だった。伏見宮博恭王軍事参議官が将来の日本海軍は夜襲を基本戦術とすべきであるという結論を出したのだ。ここを起点に日本海軍は徐々に変革していく…。 今回もいつものようにこんなことがあれば良いなぁと思いながら書いています。皆さまに楽しくお読みいただければ幸いです!

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

大日本帝国領ハワイから始まる太平洋戦争〜真珠湾攻撃?そんなの知りません!〜

雨宮 徹
歴史・時代
1898年アメリカはスペインと戦争に敗れる。本来、アメリカが支配下に置くはずだったハワイを、大日本帝国は手中に収めることに成功する。 そして、時は1941年。太平洋戦争が始まると、大日本帝国はハワイを起点に太平洋全域への攻撃を開始する。 これは、史実とは異なる太平洋戦争の物語。 主要登場人物……山本五十六、南雲忠一、井上成美 ※歴史考証は皆無です。中には現実性のない作戦もあります。ぶっ飛んだ物語をお楽しみください。 ※根本から史実と異なるため、艦隊の動き、編成などは史実と大きく異なります。 ※歴史初心者にも分かりやすいように、言葉などを現代風にしています。

処理中です...