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#6 二つの時間の交差点で
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# 第6章 二つの時間の交差点で
車のエンジン音だけが、沈黙を埋めていた。ハンドルを握る若い誠一郎の横で、年長の誠一郎は静かに話を続けていた。まるで長年の記憶を手繰り寄せるように、ゆっくりと、しかし確かな言葉で。
「サウナで気を失った時は、まさかこんなことになるとは思わなかった」
車窓の景色が流れていく。若い誠一郎は黙って運転に専念しながら、その話に耳を傾けていた。ショッピングモールでの出来事、財布もスマートフォンもない状況、そして何より、タイムスリップという非現実的な出来事。
運転しながら考えるのは、若い誠一郎の習慣だった。視線は前方に固定され、対面での会話のような緊張感もない。景色が流れていく中で、思考も自然と巡る。その癖を、年長の誠一郎も知っているはずだった。
「お金もなければ、身分証明書もない。正直、困っているんだ」
年長の誠一郎の声には、わずかな戸惑いが混じっていた。地方都市で一代で会社を築き上げた実業家が、こんな状況に追い込まれるとは。人生の皮肉としか言いようがない。
「シャワーを浴びて、食事をしましょう。何も食べてないんですよね?」
若い誠一郎が、突然切り出した。午後の予定は、新規開拓の時間として空けてあった。突発的な対応のための余裕を持たせる。それが彼の営業スタイルだった。まさか、この「新規開拓」が自分自身との出会いになるとは。
「ホテルを手配します」
「いや、車があるから車中泊で─」
「シャワーも浴びれるし、車中泊では疲れも取れないでしょう」
若い誠一郎の声には、珍しく強い意志が込められていた。営業所の近くのビジネスホテルに電話をかけ、すぐに予約を入れる。後払いが可能と確認し、年長の誠一郎をホテルまで案内した。
フロントでのチェックイン。年長の誠一郎は一瞬、住所を書く手が止まった。三十年前の住所が思い出せない。結局、タイムスリップ前の住所と携帯番号を記入する。どうせ何かあれば、若い誠一郎に連絡が行くはずだ。
「じゃあお言葉に甘えてシャワーを浴びてくる」
部屋に向かう年長の誠一郎を見送りながら、若い誠一郎は車の中で深く考え込んだ。非現実的な出来事。しかし、目の前で起きている現実。困っている人がいる。しかも、その人物は自分自身。
自問自答を繰り返す。レンタカー会社の営業所長として、様々な判断を迫られる日々。しかし、こんな状況は初めてだった。
シャワーを終えた年長の誠一郎が戻ってきた時、その表情には明らかな安堵感が浮かんでいた。スーツ姿は変わらないものの、髪は少し濡れ、表情も柔らかい。
「ありがとう、すっきりしたよ」
その一言には、心からの感謝が込められていた。
近くのファミレスに入る。ランチタイムは過ぎていたが、年長の誠一郎はハンバーグセットを注文。若い誠一郎はドリンクバーだけにした。午後の仕事を控えているという建前もあったが、この不思議な状況に対する緊張が、食欲を奪っていた。
食事を終えた年長の誠一郎は、深く息を吸い込んだ。その仕草に、若い誠一郎は見覚えがあった。自分も重要な話をする前には、同じように息を整える。
「これからどうする?」
静かな声が響く。
「お前はどうなりたい?」
その問いかけには、三十年の重みが込められていた。若い誠一郎は、その言葉の意味を直感的に理解していた。今日明日の目先の話ではない。「誠一郎の人生」の話だ。これは単なる困窮者の救済ではない。そして、この出会いも決して偶然ではないはずだ。
窓の外では、夏の陽光が眩しく照りつけている。二人の誠一郎の間に、時間が静かに流れていた。まるで、過去と未来が交差する、特別な瞬間のように。
車のエンジン音だけが、沈黙を埋めていた。ハンドルを握る若い誠一郎の横で、年長の誠一郎は静かに話を続けていた。まるで長年の記憶を手繰り寄せるように、ゆっくりと、しかし確かな言葉で。
「サウナで気を失った時は、まさかこんなことになるとは思わなかった」
車窓の景色が流れていく。若い誠一郎は黙って運転に専念しながら、その話に耳を傾けていた。ショッピングモールでの出来事、財布もスマートフォンもない状況、そして何より、タイムスリップという非現実的な出来事。
運転しながら考えるのは、若い誠一郎の習慣だった。視線は前方に固定され、対面での会話のような緊張感もない。景色が流れていく中で、思考も自然と巡る。その癖を、年長の誠一郎も知っているはずだった。
「お金もなければ、身分証明書もない。正直、困っているんだ」
年長の誠一郎の声には、わずかな戸惑いが混じっていた。地方都市で一代で会社を築き上げた実業家が、こんな状況に追い込まれるとは。人生の皮肉としか言いようがない。
「シャワーを浴びて、食事をしましょう。何も食べてないんですよね?」
若い誠一郎が、突然切り出した。午後の予定は、新規開拓の時間として空けてあった。突発的な対応のための余裕を持たせる。それが彼の営業スタイルだった。まさか、この「新規開拓」が自分自身との出会いになるとは。
「ホテルを手配します」
「いや、車があるから車中泊で─」
「シャワーも浴びれるし、車中泊では疲れも取れないでしょう」
若い誠一郎の声には、珍しく強い意志が込められていた。営業所の近くのビジネスホテルに電話をかけ、すぐに予約を入れる。後払いが可能と確認し、年長の誠一郎をホテルまで案内した。
フロントでのチェックイン。年長の誠一郎は一瞬、住所を書く手が止まった。三十年前の住所が思い出せない。結局、タイムスリップ前の住所と携帯番号を記入する。どうせ何かあれば、若い誠一郎に連絡が行くはずだ。
「じゃあお言葉に甘えてシャワーを浴びてくる」
部屋に向かう年長の誠一郎を見送りながら、若い誠一郎は車の中で深く考え込んだ。非現実的な出来事。しかし、目の前で起きている現実。困っている人がいる。しかも、その人物は自分自身。
自問自答を繰り返す。レンタカー会社の営業所長として、様々な判断を迫られる日々。しかし、こんな状況は初めてだった。
シャワーを終えた年長の誠一郎が戻ってきた時、その表情には明らかな安堵感が浮かんでいた。スーツ姿は変わらないものの、髪は少し濡れ、表情も柔らかい。
「ありがとう、すっきりしたよ」
その一言には、心からの感謝が込められていた。
近くのファミレスに入る。ランチタイムは過ぎていたが、年長の誠一郎はハンバーグセットを注文。若い誠一郎はドリンクバーだけにした。午後の仕事を控えているという建前もあったが、この不思議な状況に対する緊張が、食欲を奪っていた。
食事を終えた年長の誠一郎は、深く息を吸い込んだ。その仕草に、若い誠一郎は見覚えがあった。自分も重要な話をする前には、同じように息を整える。
「これからどうする?」
静かな声が響く。
「お前はどうなりたい?」
その問いかけには、三十年の重みが込められていた。若い誠一郎は、その言葉の意味を直感的に理解していた。今日明日の目先の話ではない。「誠一郎の人生」の話だ。これは単なる困窮者の救済ではない。そして、この出会いも決して偶然ではないはずだ。
窓の外では、夏の陽光が眩しく照りつけている。二人の誠一郎の間に、時間が静かに流れていた。まるで、過去と未来が交差する、特別な瞬間のように。
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