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皇太子の婚約者は暗殺者?
05.その頃が一番幸せだった
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シャオヤオはフリーデン帝国が支配する大陸の、その東側の海に面する小国で生まれた。
先に断言しておくが、シャオヤオの母親が本当にサモフォルの王女だったと言う事はあり得ない。生国は海を活かした貿易を行っていて、物も人も盛んに行き来していた。その過程で違う大陸で生まれた男女が出会い結婚するに至る事は、珍しくない程度にあったそうだ。シャオヤオの両親もそうやって結ばれたと聞いた覚えがある。
しかしサモフォルがある東大陸出身は父親の方だ。シャオヤオの黒髪をお父さん似ねと優しく撫でてくれた母親は、間違いなく西大陸の顔立ちをしていた。
サモフォルの王女が生きていて…と言う物語の設定にこそ無理はないが、それがシャオヤオの母親と言う事は絶対にないのである。
シャオヤオが生まれた当時、フリーデン帝国の前王朝末期で生国はまだその支配下にはない独立した国だった。
しかし大変不安定な時代であった事に変わりはない。実際、シャオヤオには生国での記憶はない。物心付く頃には両親に手を引かれ、王朝が代わり急速に安定していたフリーデン帝国での生活を目指す難民の列にいた。
前王朝の末期と新王朝が平定するまでの数年間は大小の差があるものの、あちらこちらで戦争が絶えなかった。戦火を逃れ少しでも安全な土地へと移動する難民が発生するのも仕方がないだろう。新王朝の皇帝が民衆にも公平な政治体制を敷いている良き統治者と耳にすれば、尚の事。
最終的には生国含め大陸全土がフリーデン帝国の領土になった訳なので、あの旅路に意味はあったのだろうかとシャオヤオは考える事がある。結末を知っているからこそ、なのかもしれないが…。
旅は幼かったシャオヤオの記憶を思い返しても平坦な道のりではなかった。
野生の獣に襲われた事もあったし、それこそ通過した国の戦火に巻き込まれる事もあった。難民による一団を築いていたが、その中でのいざこざも沢山あった。
それでも楽しかった記憶も確かにある。その最たるモノはやはり、弟ムーダンの誕生だろう。
厳しい日々の中、子供…それも赤ん坊なんて足手まといなだけだ。だけど初めて弟を抱いた時の感動をシャオヤオは忘れない。父も母も自分達を邪険にした事はなく慈しんでくれたし、一団の人々が助けてくれた事もあった。いざこざはあったがそれが全てではなかった。
殆どがおぼろげで、何割か美化されている可能性もあるが、シャオヤオはきちんと覚えておりそれらの思い出は彼女の人格を形成する核となっている。
たった16年程度の人生だが、今のところその頃が一番幸せだった。
難民の一団が当時のフリーデン帝国の端にある小領地に辿り着いたのは、シャオヤオが3歳、フリーデン帝国新王朝2年目の事。
小領地の名をダスティシュと言う。
ダスティシュ領は戦火によって減った領民を増やすのを目的とし、難民救済を掲げてその受け入れを積極的に行っていた。その為シャオヤオが居た一団がそうだったように、多くの難民がまずダスティシュ領を目指した。
しかし、実際にダスティシュが拾い上げ生活を保障した難民は極一部に限られた。具体的に言えば金品など、一定の額をダスティシュに収められた者達だ。
戦火を逃れ、着の身着のまま逃げてきた多くの難民にそんな財があるはずがない。ダスティシュとてそれは承知の上。だから連中は過酷な労働でもってそれを払わせた。
難民の内、大人だけを集めて国境の付近に開拓民として割り当てた。自分達が住む所は自分達で切り開けと。
大した食事も無く労働だけを強いられる、事実上の奴隷扱い。旧王朝のフリーデン帝国は身分制度が強く奴隷階級も当然のようにあったが、後の新王朝の皇帝が実権を得た際に廃止され禁止にもなっていた。だからダスティシュは難民達を奴隷ではなく開拓民、更には緊張状態にあった隣国が攻め込んで来た時の為の予備兵として国に奏上していたのだ。
子供達は親から引き離された。親からすれば人質に等しい。
一応領主の屋敷に留め置かれたが、その環境は劣悪。蔵のような広さだけはあるがそれ以外に何も無い暗くじめじめとした所にまとめて放り込まれ、こちらも僅かな食料しか与えられず、子供達の中で奪い合いとなった。
その中で、体格の良い男の子は傭兵や労働者として連れて行かれ、見目の良い女の子は何処かへと売られて行った。そうでない子は引き続き劣悪な環境の中で捨て置かれ、少しずつ数を減らしていった。
それらの処遇に非難の声を上げる者はいなかった。
元々の領民達は領主より情報を遮断され奴隷階級の廃止も知らずに古い時代を生きており、難民達の扱いを当然の事として疑問すら持たずにいた。財を持っていてダスティシュに無事入植できた元難民達も、領主に逆らって目を付けられでもしたら明日は我が身と見て見ぬ振りをした。せっかく得た安息の地を失いたくないと思うのは無理もない事だろう。
その為、助けはなかった。
そんな環境を、シャオヤオは幼い弟ムーダンを守りながら必死に生き抜いた。シャオヤオ自身がまだまだ幼いと言える年齢だったので、文字通り死に物狂いだった。
自分とムーダンの食料を得る為に他の子供を蹴落とした。
傷付けた。
余裕なんて無いので、助けを求める声を無視した。
シャオヤオ達の両親がどうなったかの詳細は分からない。だが多くの子供達の親が割り当てられた土地がそう時を置かずに隣国から攻め込まれ、1人残らず全滅したと知った時…両親がいつか迎えに着てくるかもしれないと言う希望をシャオヤオは捨てた。
悲しんで泣く余裕もない。両親との別れ際、彼等はムーダンをシャオヤオに頼むと言った。両親からのその言葉とムーダンの存在だけがシャオヤオに残った全てであり、どんな事をしても生き残る決意となったのだ。
そうしている内に、食料を勝ち取るシャオヤオの動きにダスティシュの人間が目を付けた。素質があるので訓練を受け暗殺者や諜報員等、ダスティシュの為に生きる影の者になれと。
選択肢はなく、完全なる命令。だがシャオヤオにはダスティシュの為に生きる気は毛頭なく土台無理な話なので、連中にムーダンの保護を願い出たのだ。
ムーダンの無事を約束してくれるのなら、暗殺者にでも何にでもなってやるし何でもやってやる。それは啖呵でも何でもなく、シャオヤオの本心だった。
生意気だと顔を顰められたが捨て置かれた環境よりは多く良い食料が支給され、それをムーダンに分け与えても邪魔はされなかった。どうしようがシャオヤオの勝手だろう。
素質があると言うのは本当らしく、訓練は大変だったが仕事が与えられるようになるまでにあまり時間は掛からなかった。
仕事をこなせば支給物も増える。
ムーダンの為にも少しでも良い物をより多くと、言われるままにやっている内に、気が付いたらその界隈で通り名が付いていた。
シャオヤオの黒髪と俊敏な動きから、“黒猫”と。
名前なんて心底どうでも良かったが箔とやらが付くらしく、それを抱えている事に気を良くしたダスティシュからの報酬が増えたので良しとする。一昔、前王朝の末期には伝説となっている暗殺者がいたとかそれを目指せとかごちゃごちゃ言われもしたが、それは無視させてもらった。
やがて小屋のようなモノだが山の中にムーダンと2人で静かに暮らせる家も与えられ、そうなってからやっと少しだけ余裕も出てきた。仕事への嫌悪感なんて、心の隅に押しやっておけばいい。
生きるだけで必死だったシャオヤオだが、ムーダンは贔屓目なしにも素直で優しい子に育ってくれたと思う。姉が良からぬ仕事をしていると察しているのだろうが、それが自分の為だと言う事にも気付いているからあえて触れず、姉が仕事で何日か帰らなくても小さい身体で出来る範囲の家事をこなし姉がこっそり手に入れた領外の本で勉強に励んでいた。
いつか姉さんを楽にしてあげるのだと告げたムーダンの笑顔に、シャオヤオは心底報われた気持ちになれた。
なのに、世の中とは何故上手い事いかないのだろう…。
ムーダンの視力が徐々に悪くなっていったのだ。体調を崩す事も増え、最近は横になっている方が多い。
何かの病気だとは思うが、医者に診てもらいたくてもシャオヤオには逃亡防止の一環で現金は支給されていないのでまずダスティシュに掛け合うしかない。だがシャオヤオが幾ら頼んでも、自分達に何一つ貢献していないムーダンをただのお荷物としか見ていない連中が動いてくれる事はなかった。
のらりくらりと先延ばしにされ、煮え切らない態度にこうなったらダスティシュを脅すなり殺すなりしてでも金品を手に入れ、ムーダンを医者のいる所まで連れて逃げた方が良いのではないかとシャオヤオは考えた。
危険は伴うが、どの道、もしムーダンが死んでしまうような事になればシャオヤオには生きる理由すらなくなるのだ。今更惜しむ命はない。惜しむのはただただムーダンの事だけ。
シャオヤオが決断するまさに直前、新しい仕事が入った。
内容は帝国の皇太子の暗殺。
これまでにない大仕事、なら報酬も大きくて当然。最後の賭けだと思って、シャオヤオは報酬としてムーダンの治療を要求した。また顔を顰められたが、とにかく暗殺を成功させればいいのだろうと強引に押し切った。
暗殺者“黒猫”が仕事を失敗した事は一度も無い。
今回だってそうだ。相手が何処の誰であろうと関係ない。
さっさと終わらせて、報酬である医者を連れてムーダンの元に帰るだけ。
そうなるはずだった。
そうなるはずだと思っていたのに。
「なんでこんな事に…」
シャオヤオは眼前に聳え立つ絢爛な王宮を前に、何度目か知れない溜め息を吐いた。
先に断言しておくが、シャオヤオの母親が本当にサモフォルの王女だったと言う事はあり得ない。生国は海を活かした貿易を行っていて、物も人も盛んに行き来していた。その過程で違う大陸で生まれた男女が出会い結婚するに至る事は、珍しくない程度にあったそうだ。シャオヤオの両親もそうやって結ばれたと聞いた覚えがある。
しかしサモフォルがある東大陸出身は父親の方だ。シャオヤオの黒髪をお父さん似ねと優しく撫でてくれた母親は、間違いなく西大陸の顔立ちをしていた。
サモフォルの王女が生きていて…と言う物語の設定にこそ無理はないが、それがシャオヤオの母親と言う事は絶対にないのである。
シャオヤオが生まれた当時、フリーデン帝国の前王朝末期で生国はまだその支配下にはない独立した国だった。
しかし大変不安定な時代であった事に変わりはない。実際、シャオヤオには生国での記憶はない。物心付く頃には両親に手を引かれ、王朝が代わり急速に安定していたフリーデン帝国での生活を目指す難民の列にいた。
前王朝の末期と新王朝が平定するまでの数年間は大小の差があるものの、あちらこちらで戦争が絶えなかった。戦火を逃れ少しでも安全な土地へと移動する難民が発生するのも仕方がないだろう。新王朝の皇帝が民衆にも公平な政治体制を敷いている良き統治者と耳にすれば、尚の事。
最終的には生国含め大陸全土がフリーデン帝国の領土になった訳なので、あの旅路に意味はあったのだろうかとシャオヤオは考える事がある。結末を知っているからこそ、なのかもしれないが…。
旅は幼かったシャオヤオの記憶を思い返しても平坦な道のりではなかった。
野生の獣に襲われた事もあったし、それこそ通過した国の戦火に巻き込まれる事もあった。難民による一団を築いていたが、その中でのいざこざも沢山あった。
それでも楽しかった記憶も確かにある。その最たるモノはやはり、弟ムーダンの誕生だろう。
厳しい日々の中、子供…それも赤ん坊なんて足手まといなだけだ。だけど初めて弟を抱いた時の感動をシャオヤオは忘れない。父も母も自分達を邪険にした事はなく慈しんでくれたし、一団の人々が助けてくれた事もあった。いざこざはあったがそれが全てではなかった。
殆どがおぼろげで、何割か美化されている可能性もあるが、シャオヤオはきちんと覚えておりそれらの思い出は彼女の人格を形成する核となっている。
たった16年程度の人生だが、今のところその頃が一番幸せだった。
難民の一団が当時のフリーデン帝国の端にある小領地に辿り着いたのは、シャオヤオが3歳、フリーデン帝国新王朝2年目の事。
小領地の名をダスティシュと言う。
ダスティシュ領は戦火によって減った領民を増やすのを目的とし、難民救済を掲げてその受け入れを積極的に行っていた。その為シャオヤオが居た一団がそうだったように、多くの難民がまずダスティシュ領を目指した。
しかし、実際にダスティシュが拾い上げ生活を保障した難民は極一部に限られた。具体的に言えば金品など、一定の額をダスティシュに収められた者達だ。
戦火を逃れ、着の身着のまま逃げてきた多くの難民にそんな財があるはずがない。ダスティシュとてそれは承知の上。だから連中は過酷な労働でもってそれを払わせた。
難民の内、大人だけを集めて国境の付近に開拓民として割り当てた。自分達が住む所は自分達で切り開けと。
大した食事も無く労働だけを強いられる、事実上の奴隷扱い。旧王朝のフリーデン帝国は身分制度が強く奴隷階級も当然のようにあったが、後の新王朝の皇帝が実権を得た際に廃止され禁止にもなっていた。だからダスティシュは難民達を奴隷ではなく開拓民、更には緊張状態にあった隣国が攻め込んで来た時の為の予備兵として国に奏上していたのだ。
子供達は親から引き離された。親からすれば人質に等しい。
一応領主の屋敷に留め置かれたが、その環境は劣悪。蔵のような広さだけはあるがそれ以外に何も無い暗くじめじめとした所にまとめて放り込まれ、こちらも僅かな食料しか与えられず、子供達の中で奪い合いとなった。
その中で、体格の良い男の子は傭兵や労働者として連れて行かれ、見目の良い女の子は何処かへと売られて行った。そうでない子は引き続き劣悪な環境の中で捨て置かれ、少しずつ数を減らしていった。
それらの処遇に非難の声を上げる者はいなかった。
元々の領民達は領主より情報を遮断され奴隷階級の廃止も知らずに古い時代を生きており、難民達の扱いを当然の事として疑問すら持たずにいた。財を持っていてダスティシュに無事入植できた元難民達も、領主に逆らって目を付けられでもしたら明日は我が身と見て見ぬ振りをした。せっかく得た安息の地を失いたくないと思うのは無理もない事だろう。
その為、助けはなかった。
そんな環境を、シャオヤオは幼い弟ムーダンを守りながら必死に生き抜いた。シャオヤオ自身がまだまだ幼いと言える年齢だったので、文字通り死に物狂いだった。
自分とムーダンの食料を得る為に他の子供を蹴落とした。
傷付けた。
余裕なんて無いので、助けを求める声を無視した。
シャオヤオ達の両親がどうなったかの詳細は分からない。だが多くの子供達の親が割り当てられた土地がそう時を置かずに隣国から攻め込まれ、1人残らず全滅したと知った時…両親がいつか迎えに着てくるかもしれないと言う希望をシャオヤオは捨てた。
悲しんで泣く余裕もない。両親との別れ際、彼等はムーダンをシャオヤオに頼むと言った。両親からのその言葉とムーダンの存在だけがシャオヤオに残った全てであり、どんな事をしても生き残る決意となったのだ。
そうしている内に、食料を勝ち取るシャオヤオの動きにダスティシュの人間が目を付けた。素質があるので訓練を受け暗殺者や諜報員等、ダスティシュの為に生きる影の者になれと。
選択肢はなく、完全なる命令。だがシャオヤオにはダスティシュの為に生きる気は毛頭なく土台無理な話なので、連中にムーダンの保護を願い出たのだ。
ムーダンの無事を約束してくれるのなら、暗殺者にでも何にでもなってやるし何でもやってやる。それは啖呵でも何でもなく、シャオヤオの本心だった。
生意気だと顔を顰められたが捨て置かれた環境よりは多く良い食料が支給され、それをムーダンに分け与えても邪魔はされなかった。どうしようがシャオヤオの勝手だろう。
素質があると言うのは本当らしく、訓練は大変だったが仕事が与えられるようになるまでにあまり時間は掛からなかった。
仕事をこなせば支給物も増える。
ムーダンの為にも少しでも良い物をより多くと、言われるままにやっている内に、気が付いたらその界隈で通り名が付いていた。
シャオヤオの黒髪と俊敏な動きから、“黒猫”と。
名前なんて心底どうでも良かったが箔とやらが付くらしく、それを抱えている事に気を良くしたダスティシュからの報酬が増えたので良しとする。一昔、前王朝の末期には伝説となっている暗殺者がいたとかそれを目指せとかごちゃごちゃ言われもしたが、それは無視させてもらった。
やがて小屋のようなモノだが山の中にムーダンと2人で静かに暮らせる家も与えられ、そうなってからやっと少しだけ余裕も出てきた。仕事への嫌悪感なんて、心の隅に押しやっておけばいい。
生きるだけで必死だったシャオヤオだが、ムーダンは贔屓目なしにも素直で優しい子に育ってくれたと思う。姉が良からぬ仕事をしていると察しているのだろうが、それが自分の為だと言う事にも気付いているからあえて触れず、姉が仕事で何日か帰らなくても小さい身体で出来る範囲の家事をこなし姉がこっそり手に入れた領外の本で勉強に励んでいた。
いつか姉さんを楽にしてあげるのだと告げたムーダンの笑顔に、シャオヤオは心底報われた気持ちになれた。
なのに、世の中とは何故上手い事いかないのだろう…。
ムーダンの視力が徐々に悪くなっていったのだ。体調を崩す事も増え、最近は横になっている方が多い。
何かの病気だとは思うが、医者に診てもらいたくてもシャオヤオには逃亡防止の一環で現金は支給されていないのでまずダスティシュに掛け合うしかない。だがシャオヤオが幾ら頼んでも、自分達に何一つ貢献していないムーダンをただのお荷物としか見ていない連中が動いてくれる事はなかった。
のらりくらりと先延ばしにされ、煮え切らない態度にこうなったらダスティシュを脅すなり殺すなりしてでも金品を手に入れ、ムーダンを医者のいる所まで連れて逃げた方が良いのではないかとシャオヤオは考えた。
危険は伴うが、どの道、もしムーダンが死んでしまうような事になればシャオヤオには生きる理由すらなくなるのだ。今更惜しむ命はない。惜しむのはただただムーダンの事だけ。
シャオヤオが決断するまさに直前、新しい仕事が入った。
内容は帝国の皇太子の暗殺。
これまでにない大仕事、なら報酬も大きくて当然。最後の賭けだと思って、シャオヤオは報酬としてムーダンの治療を要求した。また顔を顰められたが、とにかく暗殺を成功させればいいのだろうと強引に押し切った。
暗殺者“黒猫”が仕事を失敗した事は一度も無い。
今回だってそうだ。相手が何処の誰であろうと関係ない。
さっさと終わらせて、報酬である医者を連れてムーダンの元に帰るだけ。
そうなるはずだった。
そうなるはずだと思っていたのに。
「なんでこんな事に…」
シャオヤオは眼前に聳え立つ絢爛な王宮を前に、何度目か知れない溜め息を吐いた。
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