久遠の海へ 再び陽が昇るとき

koto

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民主主義の崩壊

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 本当の飢えを知る者と若干の飢えしか知らない者、両者の違いは大きい。彼らは後者なのだろう。
 帝国陸軍の曹長としてニューギニア戦線を生き残った平野 豊ヒラノ ユタカは、戦後幾度となく続けられるデモ行進を前に、そう感じていた。
 彼自身、貧しい家庭に生まれたことから飢えというものを知らないわけではなかった。それでも、この30年という人生で経験した事を思うと、子供の頃の飢えは限界まで達してはいなかった。
 彼が本当の意味の飢えを知るのは、太平洋戦争中のことだ。
 ニューギニア戦線を戦った軍人で、飢えを知らない者はいない。海戦は幾度なく敗れ、制海権は失われていった。物資や兵士を満載し出航した輸送船か着くことはないのだ。
 現地からの補給が無いのに、どうして生きていけると言うのか。平野自身も例外ではなく、むしろ今生き残っているのは奇跡とさえ思っている。

 では、本土から見捨てられたから敵国に降伏できるのかといえば、そうでもなかった。断腸の思いで降伏すると言うのは、降伏先の軍隊が同じ地にいるからこそ可能なのだ。
 平野がかつての自分たちが大本営のみならず、連合国からも無視されていたことを知ったのは戦後の事だった。制海権を失い輸送船を送れないのなら当然船は出ず、かつて世界第3位だった日本海軍にはもはや奪還作戦が出来るほどの軍備は存在しなかった。
 結果、部隊の大多数は引き金を引くことなく壊滅し、残ったのは餓死した兵士の死体と飢えた兵士のみだ。一部の兵士は死者をも食していたが、死体が腐敗することなく残ることはなく、当然新鮮な死体も減少していく。そもそも食料が不足していたのだから、食べられる部位もほとんど無かったのだ。
 20代の半ばで曹長の階級になったのも、こういった事情だった。結局、誰が死ぬのか解らない戦場で、上官が戦死したら次の階級者が上に立つ。足りなかったら、現場の判断で昇進させる。平野はそれで曹長に任命されただけだった。
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