35 / 36
エピローグ 束の間の平和
5-3
しおりを挟む
終戦後、大日本帝国は解体され、その名称も日本国と呼称されるようになった。省庁には解散したものもあれば、新たに作られたものもある。復員省などはその最たる例だろう。
その中で、外務省は解散されなかった組織だ。今ではGHQの窓口組織としての機能も備えていた。
渡辺誉はGHQと接する機会が多い部署へ異動となった。それは大いに有意義な価値をもたらす時間でもあった。
まず、米ソは協調関係になかったという事実だ。これには、渡辺も驚いた。アメリカに連動してソ連は対日戦に参戦し、北北海道まで進行していたと思っていたからだ。
だからこそ、たびたびGHQ内で堂々とソ連批判をする米英代表の姿を不思議に感じていた。ルーズベルト政権とトルーマン政権の考えの不一致という真実を知ったのは後の事であった。
GHQにおける最大の焦点は、今後の日本の占領政策にほかならない。第1次大戦の天文学的な賠償金がドイツ国民にヒトラーを選ばせたように、その後の敗戦国への対応は一歩間違えれば民主主義的な手法でもって強大な敵が生まれてくるのだ。日本が賠償金ではなく軍需機器などの資本設備でもって賠償を行うこととなったのは、そういう流れから生じたのだった。
ただ、満州や南樺太、北部朝鮮に作られた日本軍や民間企業の設備は、既にソ連により持ち去られており、米英にしても自国より劣る性能の工業機械は不要だった。欧米各国の植民地だったアジアは今や独立運動の兆しが強く、この時期に各種機器を譲渡するとなると、それはそれでまた問題だった。
賠償のみならず、憲法作成についても大きな問題を含んでいた。
連合各国は将来日本による報復を恐れ、完全に非武装化した国を作るべきだとしていた。それは、憲法に“軍隊を持たない”という夢物語な話を明文化すべきだというほどだ。その考えに米英を除く大部分が賛成しているのだから、もし民主主義を自称するのであれば賛成多数で憲法に明記すべきだろう。
もちろん、ソ連や中国といった近隣諸国は賛成側だ。占領が終了した後に占領することは見え透いていた。だからといって、太平洋を挟んだ米国が日本の占領を続けるとなると、その負担は莫大なものとなる。
なにより、ソ連軍は北海道を占領しているのだ。機甲部隊が南下を始めると軍隊を持たない日本には勝ち目はない。それとも米ソが開戦するとでもいうのか。
渡辺は日々GHQ内部で繰り広げられる、終わりのない論戦を見聞きしていた。そして確信したこともあった。それは、米ソ間で間違いなく衝突が起きるだろう、ということだった。
これは直接的のみならず、間接的なものも含んでいる。沖縄占領軍と北北海道占領軍が日本本土を戦場に、または朝鮮半島の両軍が半島で戦うことは予想できる。それとも両国が占領地を属国として独立させ、間接支援の下で争うか。
今日明日に始まる事はないだろうが、両国はそれほど緊迫した関係だと認知できるほどではあった。
終戦から5年後の1950年。渡辺の確信は現実のものとなる。
久遠の海へ ー最期の戦線ー 終
その中で、外務省は解散されなかった組織だ。今ではGHQの窓口組織としての機能も備えていた。
渡辺誉はGHQと接する機会が多い部署へ異動となった。それは大いに有意義な価値をもたらす時間でもあった。
まず、米ソは協調関係になかったという事実だ。これには、渡辺も驚いた。アメリカに連動してソ連は対日戦に参戦し、北北海道まで進行していたと思っていたからだ。
だからこそ、たびたびGHQ内で堂々とソ連批判をする米英代表の姿を不思議に感じていた。ルーズベルト政権とトルーマン政権の考えの不一致という真実を知ったのは後の事であった。
GHQにおける最大の焦点は、今後の日本の占領政策にほかならない。第1次大戦の天文学的な賠償金がドイツ国民にヒトラーを選ばせたように、その後の敗戦国への対応は一歩間違えれば民主主義的な手法でもって強大な敵が生まれてくるのだ。日本が賠償金ではなく軍需機器などの資本設備でもって賠償を行うこととなったのは、そういう流れから生じたのだった。
ただ、満州や南樺太、北部朝鮮に作られた日本軍や民間企業の設備は、既にソ連により持ち去られており、米英にしても自国より劣る性能の工業機械は不要だった。欧米各国の植民地だったアジアは今や独立運動の兆しが強く、この時期に各種機器を譲渡するとなると、それはそれでまた問題だった。
賠償のみならず、憲法作成についても大きな問題を含んでいた。
連合各国は将来日本による報復を恐れ、完全に非武装化した国を作るべきだとしていた。それは、憲法に“軍隊を持たない”という夢物語な話を明文化すべきだというほどだ。その考えに米英を除く大部分が賛成しているのだから、もし民主主義を自称するのであれば賛成多数で憲法に明記すべきだろう。
もちろん、ソ連や中国といった近隣諸国は賛成側だ。占領が終了した後に占領することは見え透いていた。だからといって、太平洋を挟んだ米国が日本の占領を続けるとなると、その負担は莫大なものとなる。
なにより、ソ連軍は北海道を占領しているのだ。機甲部隊が南下を始めると軍隊を持たない日本には勝ち目はない。それとも米ソが開戦するとでもいうのか。
渡辺は日々GHQ内部で繰り広げられる、終わりのない論戦を見聞きしていた。そして確信したこともあった。それは、米ソ間で間違いなく衝突が起きるだろう、ということだった。
これは直接的のみならず、間接的なものも含んでいる。沖縄占領軍と北北海道占領軍が日本本土を戦場に、または朝鮮半島の両軍が半島で戦うことは予想できる。それとも両国が占領地を属国として独立させ、間接支援の下で争うか。
今日明日に始まる事はないだろうが、両国はそれほど緊迫した関係だと認知できるほどではあった。
終戦から5年後の1950年。渡辺の確信は現実のものとなる。
久遠の海へ ー最期の戦線ー 終
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
久遠の海へ 再び陽が昇るとき
koto
歴史・時代
第2次世界大戦を敗戦という形で終えた日本。満州、朝鮮半島、樺太、千島列島、そして北部北海道を失った日本は、GHQによる民主化の下、急速に左派化していく。
朝鮮半島に火花が散る中、民主主義の下、大規模な労働運動が展開される日本。
GHQは日本の治安維持のため、日本政府と共に民主主義者への弾圧を始めたのだ。
俗に言う第1次極東危機。物語は平和主義・民主化を進めたGHQが、みずからそれを崩壊させる激動の時代、それに振り回された日本人の苦悩から始まる。
本書は前作「久遠の海へ 最期の戦線」の続編となっております。
前作をご覧いただけると、より一層理解度が進むと思われますので、ぜひご覧ください。

キャサリンのマーマレード
空原海
歴史・時代
ヘンリーはその日、初めてマーマレードなるデザートを食べた。
それは兄アーサーの妃キャサリンが、彼女の生国スペインから、イングランドへと持ち込んだレシピだった。
のちに6人の妻を娶り、そのうち2人の妻を処刑し、己によく仕えた忠臣も邪魔になれば処刑しまくったイングランド王ヘンリー8世が、まだ第2王子に過ぎず、兄嫁キャサリンに憧憬を抱いていた頃のお話です。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原
糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。
慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。
しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。
目指すは徳川家康の首級ただ一つ。
しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。
その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。
改造空母機動艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。
そして、昭和一六年一二月。
日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。
「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる